秋は夕暮れ。
そんな言葉が、ふっと心に浮かんだ。

まだ秋と呼ぶには
少し早いような気もするけれど、
季節というものは暦に尋ねて
やって来るわけではない。

風の匂いだったり、
空の色だったり、
ふと口にしたものの味だったり。

そんな小さなところから、
知らないうちに忍び込んでくる。

今夜、私のところへ秋を連れてきたのは——

エビとんぼ。

なんともかわいい名前。

聞けばその正体は、泉橋酒造の赤とんぼ。

それがここでは、
エビとんぼという名をまとって
私の前へやって来た。

赤とんぼが、エビとんぼになる。

それだけでもう、ちょっと楽しい。

盃に注がれたその一杯を口へ運ぶ。

あら。

思っていたより甘い。

さらりと消えてしまう甘さではなく、
舌の上に少しまとわりついて、
名残を残していくような甘さ。

もう一口。

やっぱり甘い。

でも、なんだか嫌いじゃない。

その隣にいたのが海老天。

衣の香ばしさと海老の甘みを味わったあと、
もう一度盃を傾けると、
さっきまで少しまとわりついていた甘さが、
不思議と丸くなった。

そして海老の頭の素揚げ。

ぱりっ。

香ばしい。

そこへ、またエビとんぼ。

ふふ。

海老を食べながら、エビとんぼ。

なんだか今夜は、
言葉までお酒を飲んで遊び始めたみたい。

赤く染まり始めた空を飛ぶ赤とんぼ。

そして私の盃の中には、エビとんぼ。

酔った私の頭の中で、
小さなエビとんぼが羽を広げ、
夕暮れの空へ飛んでいく。

遠い昔から、
人はこんな夕暮れを見てきたのだろう。

清少納言も見た秋の夕暮れ。

もちろん、同じ空ではない。

それでも時を越えて、
美しいものを美しいと思う心は、
どこかでつながっているような気がする。

盃の中には、ほんの少しエビとんぼ。

お皿には、海老の名残。

そして私の心には、もう秋が一匹。

ねえ、風さん。

秋って、こんなふうにやって来るのね。

大きな足音なんて立てずに。

小さな羽を震わせながら、
いつの間にか心の中へ飛んでくる。

もう一口だけ。

赤とんぼを追いかけてみようか。

今夜は私も、エビとんぼになって。

— Morimura