雨しずく
葉先に宿り
色深く
まだ見ぬ艶を
そっとほどきぬ


雨の日は、鬱陶しい。

空は低く、足元は濡れ、
傘という荷物までひとつ増える。

それなのに私は、雨降りが好きだ。

雨が降ると、街全体が潤って見える。

しっとりと濡れたアスファルト。
水気を含み、
いつもより深い色を見せるビルの壁。
ガラスをゆっくり伝っていく雨の雫。

晴れた日の街が光をまとっているのなら、
雨の日の街は艶をまとっている。

眩しく輝くのではない。
濡れることで色を深め、
その奥に持っていたものを、
静かに滲ませる。

そんな雨の街を見ていると、
私は芸妓さんを思う。

華やかさや初々しさではない。

長い年月、お稽古を重ねてこられた
芸妓さんの舞が好きだ。

すっと伸びた指先。
腕のひと振り。
わずかな首の傾き。
裾を乱さぬ足の運び。

くるりとひと回りする、
それだけの所作にさえ、
思わずため息が漏れる。

衣紋を少し抜いた襟元もそう。

きちんとしているのに、
きちんとしすぎていない。
崩しているわけでもない。

そのほんのわずかな余白に、
私は「粋」を感じる。

お酒を注ぐ手元さえ美しい。

それは姿形の美しさではないのだと思う。

重ねてきた時間が指先に宿り、
首筋に宿り、歩く姿に宿る。
そしていつしか、
その人自身から滲み出る艶になる。

雨も、同じなのかもしれない。

太陽の光を浴び、眩しいほど輝く緑も美しい。

けれど私は、
雨にしっとり濡れた木々が好きだ。

水を含んだ葉は、深く、濃くなる。
そして、
その奥に秘めていた生命まで
外へ押し出すように、静かに輝き始める。

葉先に膨らんだ雫が、ぽたり。

その反動で葉が、ふるりと揺れる。

また、ぽたり。

その一滴を見つめていると、
ただの雨だったはずのものが、
時折、涙のように魅えることがある。

今日見上げた、
あのおうおうしいクスノキもそうだった。

雨に濡れたその姿に、
私はひとつの物語を重ねた。

そこに本当に悲しみがあるわけではない。
木が涙を流すはずもない。

それでも、そう魅えてしまう瞬間がある。

もしかすると、もののあはれとは、
そんなところに宿るのかもしれない。

失われてゆくもの。
過ぎてゆく時間。
誰かを思う心。

それらを声高に語るのではなく、
一滴の雫にふと感じてしまう。

侘び。
寂び。
粋。
もののあはれ。

どれも、眩しい光の中で
こちらへ向かってくる美しさではない。

こちらが耳を研ぎ澄まし、
目を凝らし、心を開いたとき、
ようやく気づく美しさなのだと思う。

だから雨の日、私は少しだけ静かになる。

雨音を聴く。

濡れた街を魅る。

木々の葉の奥を見る。

そして、目には映らないものまで
魅ようとするように、心の奥まで目を開く。

すると、晴れた日には
通り過ぎてしまったものが、そっと姿を現す。

街にも。
木々にも。
人にも。

長い時間を重ねてきたものには、
それだけの色がある。

濡れたからこそ、魅える色がある。

涙を知ったからこそ、宿る艶もあるのだろう。

雨は、何かを暗くするために
降るのではないのかもしれない。

そのものが内側に持っていた色を、
ほんの少し深くしてくれる。

だから私は、雨が好き。

今日も街は静かに濡れている。

そして私は、その雨の中で、
目には見えない艶をまとってゆく。


雨しずく
深き色へと
染めながら
心の奥に
艶ひとしずく

— Morimura