5時台の横浜は、やはり台風の朝だった。
雨は本降り。
風も強い。
足元はいつの間にか水に覆われ、
濡れた路面には無数の波紋が広がっていた。
ひとつ。
また、ひとつ。
雨粒が落ちるたびに輪が生まれ、
その隣へ新しい輪が重なる。
大きく広がるもの。
小さなまま消えていくもの。
広がることなく、
深く沈んでいくように見えるもの。
それを魅ていると、
まるで人の心模様のようだった。
同じ朝を迎えていても、
抱えているものはみんな違う。
台風を心配しながら仕事へ向かう人。
その背中へ「気をつけてね」と
声をかける家族。
今日は休みでよかったと胸をなで下ろす人。
昨日から悩みを抱えている人。
嬉しいことを胸に眠り、目覚めた人。
そして私は、
群青を抱いて雨の中を歩いている。
みんな、それぞれの波紋を心に描きながら、
今日という一日を歩き始めているのだろう。
風に大きく揺さぶられる白い花があった。
細い茎をしならせ、
花は「もうやめて」とでもいうように、
そっとうつむいている。
それでも倒れない。
風に逆らうのではなく、
自ら揺れることで、その力を受け流している。
こんなにか細い一本にも、生きる力がある。
その姿を見ていると、
強さとは、
動かないことでは
ないのかもしれないと思った。
揺れてもいい。
しなってもいい。
それでも折れずにいればいい。
やがて海へ出た。
船の汽笛が、いつもより大きく響いた。
風は先ほどより弱まっているのに、
海は大きくうねっている。
細かな波ではない。
海そのものが、
ゆっくり呼吸しているような大きなうねり。
その水面に、昨日も見た白い筋が伸びていた。
今日は真っ白ではない。
淡く、薄く、水面を流れている。
大きなうねりと、小さなうねり。
その二つを分ける境のように見えた。
境――。
その言葉を心の中で転がしているうちに、
ふと思った。
これは、私の心の節目なのかもしれない。
では、私にとって節目とは何だろう。
答えはすぐに浮かんだ。
引きずらないこと。
昨日へ戻ったっていい。
もっと遠い昔へ行ったっていい。
ずっと先へ飛んでいったっていい。
思い出すことと、引きずることは違う。
心はもっと自由でいい。
歩きながら、
語りながら、
思いを描きながら、
昨日へ行ったり、
遠い昔へ飛んだり、
まだ見ぬ明日へ行ったり、
そして、また今へ戻ってくればいい。
そう思った途端、
海に伸びていた白い筋が、
境ではなくなった。
一本の小径に魅えた。
そして、もっと魅つめていると――
それは私の、心の滑走路のように魅えてきた。
ここからなら、どこへだって飛んでいける。
聖徳太子の時代へも。
光源氏の世界へも。
昔、胸を焦がした物語の中へも。
昨夜の玲夜の群青へも。
そして好きなだけ旅をしたら、
また今日の私へ戻ってくればいい。
なんだか胸がドキドキしてきた。
台風なのに。
警報まで出ている朝なのに。
こんなにも心が弾んでいる。
ふと思った。
私は今、
青春の真っただ中にいるのかもしれない。
青春とは、若さの名前ではなく、
心が何かにときめき、
感動し、
まだ見ぬものへ向かって
飛び立とうとする力なのだとしたら。
私の心には今も、ちゃんと翼がある。
海を魅つめながら、ひとり笑った。
外では台風。けれど私の心には、
どこまでも続く白い滑走路が伸びていた。
そして今、その滑走路から、
またひとつの心が翔び立とうとしていた。
波紋、心を翔ばす✨
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