心に恋をしたまま、帰り道を歩いていた。
伊勢佐木モールまで戻ってきたところで、
突然の豪雨。
バンバンバンバン。
雨粒が容赦なく傘3号を叩く。
けれど、長いこと使っているだけあって、
傘3号はなかなか頼もしい。
ゴーゴーと降りつける雨を、
透明なビニールの身体で受け止めては、
パンパンパンパン。
次々と跳ね返していく。
「あなた、なかなかやるわね。」
ただし難点は、風さんには少々弱いこと。
HOKAはずぶ濡れ。
ジャージも膝から下はびっちょり。
それでも傘3号に抱かれていた
上半身と太ももだけは、
かろうじて生き残っていた。
ありがとう、傘3号。
帰り道、雨と風に揺れるススキを見た。
これから主役になる月を、
自然の世界が大切に守っているように魅えた。
ススキ。
赤レンガ倉庫近くで見た、丸い街灯の光。
そこに魅た月。
そして、月にそっと寄り添ううさぎ。
私の空には、
もう十五夜の風景が描かれていた。
月見団子はないけれど――。
そうだ。
今日の朝ごはんは、月見マフィンにしよう。
そう思って伊勢佐木モールをまっすぐ歩き、
マックへ向かった。
月見マフィンを食べることを
家族へLINEすると、
「いいなあ。食べたいなあ」と返ってきた。
「じゃあ明日、
帰ったら一緒に食べに行こうか」
「嬉しい」
ところが、そのあと家族からひと言。
「23日、検査があるって言ってたのに、
前日の朝にマックなんか食べて大丈夫なの?」
あ。
そうだった。
23日は人間ドックの第一段階。
カメラが待っている。
前日におすすめの食べ物を撮った写真まで、
スマホに保存してあるではないか。
月見マフィンの家族愛か。
それともカメラか。
私の心は、今度はその間を行ったり来たり。
まあ、明日のことは明日考えよう。
少なくとも、
明日の電車で食べる朝ごはんはいらない。
もし食べるなら、
冷凍庫に残っている白いご飯で、
海苔も巻かず、
何もつけない白飯おにぎり。
前日の食事については、
病院の案内をもう一度確認するとして、
私の頭の中では
ずいぶんシンプルになっていた。
そして、なぜ冷凍ご飯が2つ残っているのか。
また数え間違えたから。
どうやら今回の横浜ステイを
1日多く勘違いして、
そのつもりでおにぎりを用意していたらしい。
思えば今回はよく間違えた。
卵。
冷凍ご飯。
明太子。
そして、とうとう横浜ステイの日数まで。
それでも最後には気づいて、
ちゃんと軌道修正できた。
まあ、そこは我ながら感心しておこう。
やがてゴール。
今日は雨だから、
クールダウンのストレッチはお休み。
振り返って、
朝一番に見た私の小さな空を
もう一度見上げた。
真っ白だった。
けれど、ただ平らな白ではない。
もこもことした雲が模様を描き、
その奥には、
今朝私が心へ拾ってきた色が
幾重にも重なっているように魅えた。
群青。
濃い緑。
淡い緑。
透明。
その色たちが、少しずつ白へ還っていく。
そして、その幾重もの色の上には、
白銀のヴェールがそっとかかっていた。
ああ。
やっぱり私は、心に恋している。
歩けることに。
空を見上げられることに。
こんなふうに何かを感じられることに。
私は恋をしている。
そのままコンビニへ寄った。
買ったのは、キッチンペーパー。
雨の中をずっと一緒に歩いてくれた
HOKAの水気を取り、
きちんと乾かしてあげるため。
今日の乾かし代、100円。
ふふ。
この「乾かす」という仕事も、
今日の私のオアシス時間になるのだろう。
明日、横浜を発つとき。
下駄箱へしまう前には、
すっきり乾いていてくれるといい。
だって――私が恋しているHOKAだから。
お部屋へ戻り、濡れた服を脱いだ。
そして熱いお風呂へ。
冷えた身体が少しずつほどけていく。
さあ、ここからが私のオアシス時間。
そして、お楽しみの月見マフィン。
今日は単品で買った。
なぜなら900ミリリットルの
ペットボトルコーヒーが、
まだ2本もあるから。
これも横浜ステイの日数を1日間違えて、
余分に買ってしまったもの。
本当に今回は数え間違いが多い。
でも――。
コーヒーを余分に買ったのは、
大好きなコーヒーに恋をしているから。
そういうことにしておこう。
月見マフィンの包み紙を眺めた。
私の中で「月見」といえば、
月の青。
だから最初は、
この緑の世界が少し意外だった。
けれど、じっと魅ていると、
また心が遊び始めた。
緑に描かれた模様。
本当はススキを
あしらったものなのかもしれない。
けれど、じっと見ていると、
私にはそこにいくつもの紋が
浮かんでいるように魅えてきた。
その上には月。
そして月のそばには、小さなうさぎ。
うさぎは「私が主役」と
月の真ん中へ飛び出しているのではない。
月の光をみんなに愛でてもらいながら、
自分はそのそばで、そっと踊っている。
なんだか、心優しいうさぎ。
「うさぎちゃん。
それじゃあ今から、
月見マフィンいただきますね」
包みを開いた。
今朝の恋する気分に、
この月見マフィンが妙に似合っている。
卵は、まあるい月。
その月を両側から包む、
ベーコンのピンクとパティの茶色。
その間をソースの橙が、
綱のようになめらかにつないでいる。
そして最後に、
それらすべてをマフィンが大きく包む。
まるで今朝の空みたい。
群青があった。
濃い緑と淡い緑があった。
透明があった。
銀白があった。
そして今度は、
月の黄。
ベーコンのピンク。
パティの茶。
ソースの橙。
いろんな色が重なって、
最後には一つに包まれていく。
ひと口、頬張った。
ああ。
今朝歩きながら拾ってきたものを、
今度は味わっているみたい。
そう思ったら、また心がむずむずしてきた。
月とうさぎ。
そして月見マフィン。
なんだか、これで遊んでみたくなってきた。
心はサンクチュアリーから
日常へ戻ってきたはずなのに、
どうやら私の心の旅は、
まだ終わっていないらしい。
それでもいい。
荷物整理も待っている。
明日は横浜を発つ。
できれば家族へのお土産に
崎陽軒にも寄りたい。
それは雨と相談。
今はただ、
熱いお風呂で温まった身体と、
月見マフィンと、
大好きなコーヒーと。
そして、まだ胸の奥に残っている銀白の余韻。
そんな小さなものたちに囲まれながら、
私の朝のオアシス時間は、
ゆっくりと流れている。
恋を欲しがっているわけではない。
ただ今日も、こんな日常に心が恋をしている。
雨あがり
銀白まとい
月を食む
心は今日も
恋して歩む
— Morimura
銀白、日常へ還る✨
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