風が強くなった。
前から吹きつける風に押されて、
雨まで真正面から飛んでくる。
私は傘3号を身体の前へ傾けた。
長く使ってきた透明なビニール傘。
新品のような透き通った透明ではない。
少し曇って、
少し傷もついて、
今ではまるで使い込んだ曇りガラスのよう。
そこへ雨粒が、
ぽつり。
また、ぽつり。
あっという間に、
無数の滴が貼りついた。
ひとつが風に押されて、
カタカタと流れていく。
そこに小さな余白ができる。
けれど、次の瞬間には、
また新しい雨粒が飛んできて、
その余白を埋めていった。
その様子を見ているうちに、
私はいつの間にか
雨粒ではないものを魅ていた。
あの時のこと。
あそこへ行った時のこと。
嬉しかったこと。
苦しかったこと。
思いどおりにならなかったこと。
夢中になったこと。
あんなこともあった。
こんなこともあった。
一粒一粒に、
これまで生きてきた時間が
映っているようだった。
でも、全部を拾うことなんてできない。
どの滴がいつの私なのかも分からない。
それでいい。
私には、なんとなく分かるから。
ここにも私がいた。
あそこにも私がいた。
そして不思議なことに、
曇りガラスの向こうに浮かんでくる昔の私は、
みんな笑っているような気がした。
楽しいことばかりだったはずはない。
泣いた私もいた。
立ち止まった私もいた。
どうしていいのか分からなかった私も、
きっといた。
それなのに今朝、
雨粒の向こうから私を見ている彼女たちは、
なぜかみんな笑っていた。
「ちゃんと、ここまで来たね」
そんなふうに、
今の私へ声をかけているようだった。
少し前には、
水たまりという
小さな海に映った今の私も笑っていた。
昔の私が笑っている。
今の私も笑っている。
その間を、
傘3号についた無数の雨粒がつないでいた。
ああ。
これも、心の橋なのかもしれない。
過去へ戻るための橋ではない。
過去の私たちと、
今ここにいる私が、
ほんの一瞬だけ魅つめ合うための橋。
風が吹いた。
一粒が流れた。
また一粒、
消えていった。
そしてそこへ、
新しい一滴が落ちてくる。
人生も、きっとそうなのだろう。
全部を抱えて歩かなくていい。
流れていくものは、
流れていけばいい。
それでも、
その時間を生きた私まで
消えるわけではない。
傘3号の向こうで、
いくつもの私が笑っている。
私はその笑顔を連れて、
また前を向いた。
雨はまだ降っている。
風もまだ吹いている。
それなのに、
曇りガラスの向こうの世界は、
さっきより少しだけ明るく魅えた。
今日のガラス遊び。
描いたのは私ではない。
雨が描き、
風が消し、
また雨が描いていく。
その一粒一粒の中で、
過去の私と、
今の私が、
笑顔で逢えた。
雨粒に
遠き私の
笑み宿り
流れてなおも
心に残る
— Morimura
番外編|ガラス遊び 雨粒、時を映す💦
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