大さん橋をあとにすると、
雨は少しずつ粒を大きくしていた。
傘3号を打つ音が、
ポツ、ポツ。
ポツ、ポツ、ポツ。
と、
朝の街に小さなリズムを刻んでいる。
いつもなら、ただ通り過ぎる道。
何度も歩いた馬車道。
何度も眺めた建物。
何度も曲がった角。
けれど今日は、不思議なくらい足が止まる。
「あれは何だろう」
「この道はどこへ続くんだろう」
「ここには昔、どんな人がいたんだろう」
ひとつ疑問が生まれると、
その向こうにもうひとつ扉が現れる。
気づけば私は、
好奇心旺盛な子どものようになっていた。
途中、少し道を間違える。
探していたものも見つからない。
あらら。
モリリン初日から、しくじったかしら。
でも、それもなんだか楽しい。
知らない細い路地へ入れば、
昔の記憶を連れてくる店がある。
ジンギスカン。
ホルモン。
沖縄料理。
看板ひとつ、
匂いひとつから、
しまってあった時間がふっと開いてゆく。
今朝、海から吹いてきた風が
漆黒の世界にしまってある記憶へ
新しい空気を通してくれたように、
街もまた、
私の中に眠っている記憶を
ひとつずつ起こしているようだった。
そして十番館のレンガ色の建物。
雨に濡れた壁を魅つめていると、
そこだけ時間が少し巻き戻ったように思えた。
文明開化の風。
馬車の音。
人々の話し声。
昨日シンデレラになった私の空想が、
今日は少しだけ現実の歴史へ近づいていく。
さらに歩いて、
とうとう吉田橋へ。
一度通り過ぎてしまった。
けれど、やっぱり気になる。
雨の中、横断歩道を戻る。
そして――あった。
史跡 吉田橋関門跡。
思わず心の中で声が弾んだ。
「関内」の「関」
今まで何気なく使っていた地名が、
急にひとつの風景を持った。
ここに関門があり、
こちらと向こうを行き来した人々がいた。
今、私が何のためらいもなく
歩いているこの場所を、
昔の人々もそれぞれの事情や思いを抱えて
通っていたのだろう。
雨に濡れた道を魅つめる。
水たまりに泡が浮かび、
雨粒が次々と輪を広げてゆく。
そのひとつひとつが、
この街を通り過ぎていった人々の
心模様のように思えた。
そう考えると、
今日は雨でよかったのかもしれない。
晴れていたら、
私はこの水面を魅つめなかった。
傘3号を打つ音にも、
こんなに耳を澄ませなかった。
雨があったからこそ、
いつもの街に流れている時間を
感じることができた。
探検というのは、
遠くへ行くことではないのかもしれない。
何度も歩いた場所に、
「なぜ?」と問いかけること。
知っているつもりだった景色を、
もう一度魅つめ直すこと。
すると点だったものが、
少しずつ線になってゆく。
馬車道。
文明開化。
関内。
関外。
吉田橋。
ばらばらだった言葉が、
私の足元で一本につながった。
そして私は今、
その線の上を歩いている。
傘3号の向こうには曇り空。
けれど私の心には、
もう白い余白が広がっていた。
今日という一日は、
まだ始まったばかり。
この白を、
これからどんな色に染めていこう。
ポツ、ポツ、ポツ。
雨のリズムを聞きながら、
私はまた一歩、前へ進んだ。
雨粒に
関の記憶の
輪ひろがり
点より線へ
朝の道ゆく
— Morimura
雨、関の記憶をひらく✨
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