自宅へ戻ってから、
残された時間は、あと1時間20分。

さすがに、のんびりしている余裕はなかった。

お風呂に入る。
着替える。
髪を乾かす。
メイクをする。
会社へ行く準備を整える。

ひとつ終えるたびに、
時計の針がこちらを急かしてくる。

けれど不思議と、
朝いちばんのような慌て方ではなかった。

やることは決まっている。
順番に、
ひとつずつ。

そして最後に、よし。

バッチリ。

鏡の前に立った。

すると、
そこに映っている自分が
なんだか少し不思議だった。

今朝は5時間も出遅れた。
本来なら、
髪を振り乱し、
息を切らし、
「もう時間がない」
そんな顔をしていても
おかしくない朝だった。

なのに。

鏡の中の私は、肌のツヤもいい。

今日は妙にメイクも決まっている。

髪も、いい。

服も、なんだか決まっている。

思わず、今日の森村、なかなかいいじゃない。
そう思った。

朝からあれほど
時間を取り戻そうと走ってきたのに、
そこにいたのは
疲れ切った顔ではなかった。
むしろ、少し眩しいくらいだった。

輝いていた。

どうしてだろう。

鏡の中の自分を魅ながら、
ふと昨夜のことを思った。

昨日は少し飲みすぎた。
それが今朝の失敗に
つながったのかもしれない。

けれど、昨日の秋の夜。

あの群青色の世界は、
とても、とても素敵だった。
胸の奥に、
まだその余韻が残っている。
あの夜に受け取った光を、
心の奥へそっと置いたまま
私は眠ってしまったのかもしれない。

だから今朝、寝坊して、
予定どおりにはいかなくて、
部屋も整えられなくて、
それでもひとつずつ
「今、何をするか」を選びながら
ここまで進んできた。

その胸の奥の光が、
鏡の中の私の表情まで
照らしてくれている。
そんな気がした。

今日の私は、完璧に始められたわけではない。
むしろ大失敗から始まった。

けれど、そのあとにした選択は、
どれも今の自分なりに
悪くなかったように思う。

少しでも早く帰る。

できなかったことは
帰ってからする。

ひとつずつ整える。

そして今、10時からの会議には
十分間に合う。

よし。

ここまで来れば、
もう大丈夫。

午前の会議を終えたら、
お昼頃からは会食。

そう思ったところで、
今度は急に食べ物のことが
頭に浮かんできた。

そういえば昨夜、お客様からいただいた
香りのいいレーズンサンド。
5枚入り。
……全部、食べた。
だって、あまりにも美味しかったのだもの。

そのせいか、
今朝は胃がすっかりお疲れ気味で、
朝ごはんが入らなかった。

けれど、この調子ならお昼頃には、
たぶん、ぐうううう。と、
お腹が正直に鳴り始めるはず。

今日のお弁当は、
いったい何だろう。

朝の大騒動を越えた先に待っている
今日のお昼の小さな楽しみ。

それを思うと、なんだかまた少し
足取りが軽くなる。

寝坊から始まった朝。

でも、選びながら、整えながら、
ちゃんとここまで来た。

そして鏡の中には、
昨日の群青を
まだ胸の奥に宿した私がいる。

今日もきっと、悪くない一日になる。

群青の
余韻を胸に
朝整ふ
遅れし時さへ
光に変へて

— Morimura