モリリンと一緒に、
家の方へ向かって歩いていた。
そのそばには、
もちろん風さんもいる。

「風さん、おはよう。
今日はあなたがいちばん
起きるの遅かったんじゃないの」

そんなふうに声をかけたくなって、
私はひとり、くすっと笑った。

だって今日は、
私もモリリンも、
とっくに早朝から目覚めて
動いていたのだから。

歩いてすぐ、
また遠くの山の上の空を魅つめた。

ちょうど日の出の20分ほど前。
山の稜線の上の空は、
茜色に美しく輝いていた。

その茜色の織りなすグラデーションが、
なんとも言えず美しい。
その上にかかる薄黒い雲。
ああ、
これはきっと、
これから私の心の中の漆黒の世界へと
吸い込まれていく、
昨日の心模様なのだろう。

そしてその上に広がる、
透き通るように白く輝く空。
それは、
今日の私の心の余白。

星を魅つめて心が輝いていたように、
今はこの朝の空が、
私の内側をそっと整えてくれているようだった。

本当なら今日は、
朝から忙しい。
考えることも多いし、
細々した面倒なこともいろいろある。
気持ちの重くなりそうな一日だって、
おかしくなかった。

でも。

あの奇跡の空を魅てしまったから。
星たちの光。
月。
月に寄り添ううさぎ。
群青の世界。
そして、
この朝の茜色のグラデーション。

夜と朝のあわひの中にいた私は、
なんて美しい時間の中にい
たのだろうと思った。

そう思うと、
仕事の細かな悩みや面倒くささなんて、
たかが知れているよね、
と思えてきた。

今日も一日、
今の私にできることを、
ひたむきに前向きにやっていけばいい。

くじけそうになったら、
またあの淡いの美しい世界を思い出せばいい。
疲れてきたら、
またあの神秘な世界を思い出せばいい。
いらいらしたら、
またあの幽玄な世界を思い出せばいい。

そう思うと、
今日という一日を、
気持ちよく歩いていける気がした。

そういえば、
私がモリリンのことを何かで入れると、
なぜか何度も
「森林」
という漢字が出てきた。

ただの変換間違いなのに、
どうしてだろう。
私はそれを、
なんだかご縁のように感じた。

風さんがいて、
モリリンがいて。

私は風に包まれ、
緑に覆われているような気分になる。

緑が与えてくれるおいしい空気を吸いながら、
呼吸をする。
そこへ風さんがそっと風を通してくれる。
すると、
朝の光が差し込んでくる。

ああ。
私はモリリンを連れて歩いているのではなく、
緑を連れて歩いているのかもしれない。

緑が光合成で生み出した新鮮な酸素を、
私はすぐそばで吸っている。
だからこんなにも、
気持ちよく呼吸ができるのだろう。

ふと、
久しぶりに千鳥を聴きたくなった。

以前は、
歩くときにはイヤホンをつけて、
ずっとずっと繰り返し聴いていた曲。

風が私を呼んでいる。
雲が私を呼んでいる。
鳥が私を呼んでいる。
木々が私を呼んでいる。

そんな歌詞を聴きながら、
空を見上げ、
木々を魅つめ、
無理やり自分を
その気持ちへ持って行っていたような気がする。

でも今朝、
久しぶりにその曲を思い出して、
私は気づいた。

もう、無理に呼ばなくてもいいんだ。

風も、
雲も、
鳥も、
木々も。

それらはもう、
いつも私の心の中にいる。

今朝、夜と朝のあはひの中で魅た空には、
そのすべてがあった。

光があり、
星があり、
雲があり、
鳥が鳴き、
虫が鳴き、
水の流れる音がして、
木々の緑がある。

そしてその緑に育まれた朝の空気を吸いながら、
私は今、とても気持ちよく呼吸をしている。

だからもう、無理に呼ばなくてもいい。
いつも感じているから。

今日の奇跡のような
空と、
雲と、
光を。

久しぶりに思い出した千鳥の余韻を胸に、
足取りも軽やかになる。
心も爽やかになる。
そして耳を澄ませば、
風さんの気配の向こうから、
川の流れる音が聞こえてくる。

水の流れ。
鳥の小さな声。
街の中なのに、
信じられないような朝のBGM。
まるで、
今日一日のオープニングの音楽みたいだった。

そう。

今朝魅たあの空のドラマこそ、
まさに今日という一日の
オープニングだったのだ。

私は今、
殻を脱いで、
新しい扉を開けたような気持ちになっている。

また生まれ変わったような自分で、
目の前の空を魅つめていた。

山の稜線のあたりは、
ほのかにピンク色に変わっている。
本当に美しい色。

その一方で、
まだ昨夜の余韻を残した薄暗い空もある。

それはやがて、
私の心の漆黒の世界へと
取り込まれていくのだろう。

その上には、
白い雲の筋。
たぶん飛行機雲。
あれはもしかしたら、
横浜の方へと伸びているのかもしれないな、
なんて思った。

でも、
あまりに感動しすぎて、
少し胸がどきどきして、
少し疲れてしまったみたい。

ちょっと公園のベンチで休んで、
日記でも書こうかな。

そう思った途端、
今度はお腹が空いてきた。

モリリン、私、お腹空いてきたわ。
コンビニでお菓子でも買っちゃおうか。

でも今日は、
朝マックが待っている。

ただ、
その朝マックまでには、
まだ1時間半以上ある。

それまで、
私のこの空腹、持つかな。
モリリン。
風さん。

そんなことまで、
なんだか可笑しくて、
私はひとり、そっと笑ってしまった。

奇跡のような空を胸に抱えながら、
家へ向かって歩く朝。
その道のりさえ、
今日は小さな探検のようだった。

— Morimura