現実世界に舞い降りた森村さん。

「寒っ」心はまだ、
星や白い空の余韻でぽかぽかしているのに、
手も顔も冷たい。
鼻までずるずる。

なんだか秋を通り越して、
冬が少しだけ先回りしてきたような朝。

耳を澄ませば、
さっきまで主役だった虫の音よりも、
今度は鳥たちの声の方が大きくなっていた。

ピチピチ。
チチチチ。

「あれ、虫さん、どこ行った?」
空が明るくなるにつれて、
朝の舞台の出演者も交代したらしい。

そんな中、森村さんの頭の中では、
早くも帰宅後の段取り会議が始まっていた。

焼きナス。
西京焼き。
厚揚げと小松菜のお味噌汁。
自分用の目玉焼き。
そして、もしかしたら家族にハムステーキ。
……朝から、なかなかの品数である。

さらに、「あ。へぎそばもあった」
こちらにいる間に食べようと思っていた、
いただきもののへぎそばまで思い出す。

ぶつぶつ。
ぶつぶつ。

黙って考えているつもりなのに、
考えていることがほとんど口から漏れている。
ほんと、単純な森村である。

そんなことを考えながら歩いていると、
耳元には川の流れる音。

まだ暗がりだった頃に聞いた川の音と、
朝を迎えてから聞く川の音。
同じ水が流れているはずなのに、
どこか違って聞こえる。

暗がりの中では、
しっとりと静かに流れていた川が、
朝になると、なんだか元気いっぱい。

さらさら。
ざあざあ。

勢いがある。
「よし。私も今日は、この川みたいにいこう」
勢いに乗って、でも軽やかに。
……などと、
また少し格好いいことを考えていた森村さん。

ところが。

「寒っ。やっぱり手、冷たい」
現実は容赦がない。

そして今度は、道端の大きな葉に捕まった。「あ、これ知ってる」里芋。
そして、この茎がずいき。
昔、実際に土の中から
里芋を掘り起こしてもらい、
大きな親芋の周りに
小さな子芋がたくさんついている姿を
見たことがある。

「ああ、だから子芋っていうんだ」
スーパーに並んでいる姿だけでは、
なかなか分からない。
野菜にも、土の中で過ごしてきた時間がある。

——森村探検隊、寄り道センサー絶好調。
さらに進むと、今度はかわいらしい玄関。

淡い色の扉には、
これでもかというほどハロウィンの飾り。
「あ。そうか。ハロウィンか」
でも森村さん、
どうにもハロウィンにはあまり心が動かない。

仮装をするくらいなら、
旬の野菜をおいしく食べたい。
そういえば、かぼちゃは好き。
かぼちゃのコロッケも作ったことがある。
結局——お化けより旬。
仮装より食卓。
森村探検隊、ここでひとつ結論。

さらに歩くと、ある家の玄関前に、
大きな丸いガラス。
面白いなと思って写真を撮ってみたら、
そこに森村が映っていた。

「あら」鏡よ鏡よ鏡さん。
この世でいちばん美しいのは誰?

……そこに映っていたのは、森村だった。

朝から何をやっているのだろう。
そこから白雪姫を思い出す。

先日は馬車道でシンデレラ。
今日は白雪姫。
子どもの頃に読んだ童話の世界は、
大人になっても思わぬところから、
ひょいと顔を出す。

そして今度は、ビールのポスター。
「価格まで、うまい」
確かに、そうかもしれない。
でも今日の寒さなら、ビールより熱燗。
できれば、おでん付き。

しんしんと冷える今朝は、
紅葉の季節というより、
もう冬がすぐそこまで来ているようだった。

そして、ようやくゴール。
いつもウォーキングの前に見上げる、
あの小さな空を見上げた。
出発した頃には、
群青とも漆黒とも言えない深い暗闇だった空。

それが今は、白く輝いている。
ただの白ではない。
その白の向こうに、太陽の光がある。
だから、白く輝いている。

そうだ。
これが今の私の心模様。
里芋に捕まり、
ハロウィンに捕まり、
白雪姫に捕まり、
ビールのポスターにまで捕まった帰り道。

それでも最後には、
ちゃんと自分の空へ帰ってきた。

森村探検隊、本日の帰路探索、これにて終了。

今日もまた、
いつもの道から、
いくつもの小さな物語を拾った朝だった。

— Morimura