4日ぶりの横浜の朝。
時刻は4時25分。
いつもの場所で、
まず身体をゆっくり伸ばした。
眠りは決して十分ではない。
それでも、久しぶりに
この街を歩けると思うだけで、
身体のどこかが先に目を覚ましていた。
顔を上げる。
私の小さな空は、
一面、透き通るような群青だった。
昨日の夕方に魅た空のような、
でこぼことした色ムラはない。
どこまでもなめらかで、
深くて、
静かで。
まるで大きな一枚の群青色の絹を、
空いっぱいにぴんと張ったようだった。
そこへ、4日ぶりの巡り木。
まずはモチおじさん。
「おはよう」そう声をかけたけれど、
もしかしたら今朝は、
「おかえり」だったのかもしれない。
ひんやりした風に
枝葉をわずかに揺らしながら、
それでもいつものように
どっしりと立っている。
そして、気になっていたなぞちゃん。
昨日はゆっくり
見ることができなかったけれど、
空が少し白み始めたせいだろうか。
今朝のなぞちゃんは、
どこか艶っぽく、少し色っぽく魅えた。
「いつの間におませさんになったの?」
そんなことを思いながら、
背の高いなぞちゃんを仰いだ。
首をぐっと上へ向け、
身体まで少しのけぞる。
そのときだった。
私の真上。
群青よりもさらに深い、
漆黒へ溶けていくような神秘の空に、
月がいた。
はっきりとした月。
満月ではない。
半分より少し欠けている。
三日月になるには、まだ少し早い。
そのゆるやかなカーブを見ているうちに、
私は思わず笑ってしまった。
うさぎがいる。
月の内側のカーブにもたれかかって、
うさぎがゴロンと
寝転がっているように魅える。
昼寝?
いやいや、今はまだ4時半にもなっていない。
朝寝?
それとも、
まだ世界が起きる時間ではないから、
月に抱かれながら眠っている
だけなのだろうか。
私は両手をいっぱいに広げた。
少しでもたくさん、
この月の光を浴びたくて。
群青の空。
ほのかに黄みを帯びた月。
そのカーブに身体を預け、眠るうさぎ。
満月の横にちょこんと寄り添ううさぎより、
こちらの方がずっとお茶目で、
ずっと絵になる。
なんだか、いたずらっ子のヒカリンみたい。
でも――。
ヒカリンは今、モリリンと一緒に
私のそばを歩いているはず。
「ねえ、ヒカリン。そうでしょ?」
「そうでちゅ」
「じゃあ、
あの月で寝転がっているのは誰なの?」
「わからないでちゅ」
ふふ。
どうやら今朝の月には、
名前も知らない小さな住人がいるらしい。
そのとき、ふわり。
風さんが来た。
「風さん、おはよう」
最初は優しかった風が、
歩き始めると少しずつ強くなる。
そして冷たい。
頬を撫でるその冷たさに、
私はようやく実感した。
ああ、秋なんだ。
あれほど長く続いた、うだるような暑さが、
もう遠い遠い記憶のように感じられる。
足元では、白いHOKA。
雨の日も一緒に歩いてきたせいか、
少しずつ白さを失ってきた相棒が、
キュッ。
キュッ。
キュッ。
キュッ。
小さな音を立てながら、
今朝も私を前へ運んでいく。
ふと、昔歌った童謡の記憶が浮かんだ。
手をつないで野道を歩けば、
みんな小鳥になって、
歌えば靴が鳴る。
なんだか今朝の私たちも、
そんな世界にいるみたい。
森村。
モリリン。
ヒカリン。
風さん。
そしてHOKA。
ひとりで歩いているはずなのに、
今朝はずいぶん賑やかだ。
そうして、いつの間にか関内を抜けていた。
吉田橋を渡る。
かつて関所があり、
ここから先を「関外」と呼んだ場所。
いつもなら、
このあたりから私は15分の魔法にかかる。
時代を越え、
街の記憶へ入り込み、
現実とは少し違う世界を歩き始める。
けれど今朝は、
まだその魔法にはかからなかった。
群青の扉は開いたばかり。
このあと私は、
秋の空が
こんなにも多くの心模様を
描いてくれることを、まだ知らなかった。
そして、
15分どころではない長い長い浪漫の旅が、
もう静かに始まっていたことにも。
— Morimura
朝の三部作 第一部|群青澄みて、月うさぎ眠る
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