秋の空に心を預けていた私は、
赤レンガ倉庫の広場で、
いきなり巨大な野外ステージを目の前にした。
整然と並ぶ椅子。
数えてみれば、
ひとつのブロックだけでも相当な数。
いつもなら、
ただ広いと思って
通り過ぎるだけの空間なのに、
こうして何かが置かれて初めて、
「ああ、ここってこんなに広かったんだ」
と気づく。
心は一気に、
空から地上へ戻ってきた。
それでも、
その巨大な舞台を魅ながら、
また別のことを考えていた。
若い頃なら、
こんな野外ステージにも、
紅葉のライトアップにも、
わくわくしながら出かけていたのかもしれない。寒さなんて気にしなかった。
光が強く、
音が大きく、
人の手によって華やかに作り込まれた世界。
でも今の私は、
少し違う。
私はもともと、
あるがままの自然が好きだった。
人の手が入らないもの。
風が風のままに吹き、
木が木のままに立ち、
水が水のままに流れる。
そんな世界に惹かれていた。
けれど、
いつの間にか私は、
もうひとつの美しさも好きになっていた。
自然を壊すのではなく、
自然の内側にある美しさを
そっと引き出すように、
人が手を添えること。
植治の庭のように。
そこでは、
人の手が主役になるのではない。
光を置き、
影をつくり、
枝の向きを整え、
水の流れを生かす。
そうすることで、
もともとそこにあった自然が、
もっと自然らしく、
もっと生き生きと輝いて魅える。
私は、
そんな世界に惹かれるようになっていた。
ふと、今朝ずっと魅てきた
桃色に静かに灯る雲のことを思い出した。
若い頃の恋が、
さっきの野外ステージのようなもの
だったとしたら。
華やかで、
音も光も強く、
一気に燃え上がる。
そして、その熱が去るときも早い。
でも今、私が美しいと思うのは、
もっと静かなものなのかもしれない。
植治の庭のように。
互いを押しのけず、
そっと手を添え、
その人が持っている光を
もっと美しく引き出していく。
激しく燃えるのではなく、
深く、
静かに、
心の奥で灯り続ける。
そんな恋もあるのだろう。
そう思ったとき、
少しだけ自分がおかしくなった。
私も、
いくつもの殻を
そっと脱いできたのかもしれない。
そして、
秋の実りのように、
少しずつ心が熟してきたのだろうか。
「山、粧う」そんな季語があるけれど、
今朝の私は、
自分の心まで
秋模様に粧われていくような気がしていた。
桃色に灯る炎の奥へ、
ほんのり紅を差してもらったように。
派手ではない。
でも、確かに深い。
そんな色だった。
そして私は、また歩き始めた。
朝のウォーキング。
最近は、
2時間、
時には3時間ほどかかる。
けれど、
ずっと歩き続けているわけではない。
立ち止まる。
空を魅上げる。
風を聞く。
花を魅る。
古い街並みに心を寄せる。
時には、
橋の上で昭和へ心が飛び、
時には、
明治や大正の浪漫へと
ふっと迷い込む。
そう考えると、
私は歩いている時間よりも、
寄り道している時間の方が
長いのかもしれない。
でも、
こんなふうに、
心のままに寄り道できる時間って、
なんて贅沢なんだろう。
だから私は、
早起きするのだと思う。
歩くためだけではない。
少しでも長く、
この贅沢な時間の中に
身を置いていたいから。
早く起きれば、
その分だけ、
まだ誰にも急かされない時間が、
私を待っている。
暗い道も、
もう以前ほど怖くない。
むしろ、
暗いからこそ拾えるものがある。
音。
風。
街の気配。
古い建物が残してきた時間。
そこを生きてきた人々の、
名も知らぬ心模様。
明るくなってしまえば
見落としてしまうものが、
夜明け前には
そっとこちらへ姿を魅せてくれる。
そう考えると、
今朝の私は、
十五分の魔法にかからなかったのではない。
もっと長い魔法の中にいたのだ。
十五分ではなく、一時間。
いや、
もしかしたら、
歩いていた時間そのものが全部。
秋の扉を開け、
群青から月へ、
月から橋へ、
橋から花へ、
花から雲へ、
雲から光へ。
そして時代を越えながら、
私はずっと、
心の浪漫航路を漂っていたのかもしれない。
やがて、
目の前に大さん橋が現れた。
私の心のサンクチュアリー。
小船のエンジン音。
海から吹いてくる、
ひんやりとした風。
4日前まで続いていた雨が
遠いことのように思えるほど、
今朝の空気は澄んでいた。
急ぐわけでもない。
ゆっくり歩こうと
決めているわけでもない。
ただ、心のままに歩く。
水の流れに身を任せ、
風の吹くまま、
雲のゆくまま。
私は前へ進んでいた。
その瞬間、
自然の中を歩いているというよりも、
自分自身もまた、
この自然の一部なのだと
しみじみ感じた。
4日ぶりに、
サンクチュアリーに立つ。
海の向こうに、
太陽の光がある。
水面には、一本の光の道。
その光が、まっすぐ私の方へ伸びてくる。
なぜだろう。
私はその道を
ただまっすぐ歩けばいいのだと、
そんな気がした。
水平線の向こうには、何があるのだろう。
未来の國。
私の心の國。
そしてその國では、
私が主人公。私が、
私自身の手で、
少しずつ世界を創っていく。
そのとき、
ひとつの言葉が生まれた。
國創。
国づくり、ではなく。
國創。
風景を拾うこと。
日々、仕事に励むこと。
家族と過ごす時間を大切にすること。
誰かの言葉をひとつひとつ心に置くこと。
朝の空に感じたことを、
自分の中で
ゆっくり消化していくこと。
そんな私の生の営み。
心の営み。
そのすべてが、
私の國へと少しずつ吸い込まれていく。
自然と人工。
光と影。
黒と白。
月と太陽。
一見、
相反するように魅えるものも、
相手にそっと手を添えることで、
互いの美しさを
より強く輝かせている。
それなら私も、
私の國創のために、
日々拾った風景へ
自分の手を添えればいい。
温もりを与えればいい。
少しずつ、
磨いていけばいい。
急がなくていい。
私のペースで。
大さん橋を出た。
ようやく、
地に足がついた気がした。
ここから、
今日一日の物語が始まる。
私の時間など、
長い歴史の中では、
星屑ほどの一瞬なのかもしれない。
それでも、その一瞬をどう輝かせるかは、
私に委ねられている。
だから今日も、一歩ずつ。
星の粒のような
小さなきらめきを拾いながら。
歩くたびに、
少しずつ光らせながら。
私の國創を、
今日もまた、
続けていこうと思う。
— Morimura
朝の三部作 第三部|心の浪漫航路、國創へ
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