いったい、
どんなヒレカツが出てくるんだろう。
そんなことを考えているうちに、
いよいよ私の番。
上ヒレカツ定食が運ばれてきた。
おお。綺麗なヒレの塊が、3つ。
正直に言えば、ちょっと多いな。
2つくらいでよかったかも。
そう思った。
何しろ私は、何十年もの間、
自分からヒレカツを注文したことなど、
ほとんどない。
とんかつなんて、なおさら。
私にとって豚肉の脂は、
かなり大きな問題なのである。
ロースカツなど、
右から食べるか左から食べるか、
それだけで運命の分かれ道。
だって、端には脂の塊が待ち構えている。
だから無理。
でもヒレなら——。
もしかしたら、いけるかもしれない。
そんな思いは、前から少しだけあった。
そして今日。その答え合わせが始まった。
お店の方が言う。
「わさび醤油でどうぞ」
えっ。
ヒレカツを、わさび醤油?
そんな食べ方、知らなかった。
半信半疑で、ひと口。
……あ。美味しい。
わさび醤油が、
揚げ物の重たさをすっとほどいてくれる。
とんかつなのに、
どこか和食を食べているような感じ。
衣はサクサク。
肉は厚い。なのに、柔らかい。
そして、脂が気にならない。
ひと切れ。
また、ひと切れ。
あれ?
何か、これ。美味しいんじゃない?
長年「とんかつ系は食べない」
と決めてきた私の中で、
小さな扉がぱかりと開いた。
もちろん、私の肉の好みには
昔からひとつのルールがある。
私はそれを、「美しい肉」と呼んでいる。
高級な肉、という意味ではない。
鶏なら、ももより胸。
豚なら、ロースよりヒレ。
牛なら、サーロインよりヒレ。
その中でもシャトーブリアンは大好き。
脂が強く主張しないこと。
肉の匂いがぷんと前へ出てこないこと。
そして、すっと口に入っていくこと。
値段でもブランドでもない。
私自身が決めた、美しい肉。
今日の丸和のヒレカツは、
どうやらその仲間に入ったらしい。
途中、
お店の方がキャベツを足してくださった。
皆さん、とても親切。
ただ、
キャベツのドレッシングが見当たらない。
そこで、卓上のとんかつソースを
かけて食べてみた。
これがまた、なかなか美味しい。
いやあ。
これは、これは。
次はエビフライを食べに来なくてはいけない。
もう、頭の中では
次回の森村探検隊が始まっている。
そしてもうひとつ、
気になることを発見した。
同じ上ヒレカツでも、
夜のメニューになると昼より500円ほど高い。
どうして?
肉が違うのだろうか。
量が違う?
それとも何か別の理由がある?
となると、
夜の17時〜にも来てみないと
いけないではないか。
横浜へ着いたその足で寄ればいいのかな。
などと、早くも次の作戦を考え始める。
ヒレカツでお腹いっぱいになってしまって、
ご飯にはほとんど手をつけられなかった。
汁物は美味しそう。……と思ったら、
豚汁。
ああ。
ここにも豚がいた。
私は豚汁が苦手なので、
「普通のお味噌汁だったらよかったのになあ」と、心の中でこっそり呟く。
それでも、大満足。
帰り際、カツを揚げていたお兄さんに、
「ありがとう。美味しかったよ」
と声をかけた。
すると少しにっこり笑って、
「またいらしてください」
そう返してくださった。
ホールにいらした年配の女性二人も、
かなりご高齢なのだろうか。
それでもとても優しくて、
なんだか嬉しかった。
人気店なのに、どこかアットホーム。
それがまた、よかった。
こうして丸和を出た私は、
そのまま歩いて十番館へ。
どうやら、
ここのビスカウトはかなり有名らしい。
けれど、
私が想像していた「ビスケット」とは、
ちょっと違った。
今どきの、
きらきらしたおしゃれなスイーツというより、
昔ながらの洋菓子。
まだ「洋菓子」という言葉そのものに、
少し異国の香りが残っていた時代。
そんな雰囲気がする。
ばら売りをひとつずつ手に取っていたら、
5枚入りの袋を見つけた。
どうやら味は4種類。
その5枚入りには、
ホワイトチョコを挟んだものが2枚入っている。それなら、ちょうどいい。
私、ホワイトチョコ好きだもの。
自分用にはその5枚入り。
家族には、ミニビスカウトの紙缶を買った。
そして思った。
この喜び、家族に知らせたい。
「私、ヒレカツ食べたよ」
きっと驚くだろう。
だって、私が自分から
ヒレカツを食べに行くなんて、
まず想像していないはずだから。
それなら、公衆電話から電話しよう。
ヒレカツが美味しかったこと。
ビスカウトも買ったこと。
そんなことを話そう。
そう思って財布を開ける。
……10円玉が、2枚。20円。
これでは、
そもそもつながるかどうかも怪しい。
たとえつながったとしても、
「もしもし」と言ったところで
切れてしまうかもしれない。
それでは話にならない。
仕方ない。
電話は、また明日。
ところが十番館。
ビスカウトだけでは終わらなかった。
店内に入って、
またひとつ新しい魅力を発見した。
1階には喫茶。
上階にはレストラン。
そして、「じゃあ2階は何があるんですか?」
と尋ねると、バー。
えっ、バー?
営業時間は16時から22時頃まで。
営業日は限られているらしい。
この建物で、バー。
それを聞いた瞬間、
私の頭の中に別の景色が広がった。
もしかしたら、
明治モダンの風を感じるような
夜が待っているんじゃないだろうか。
古い洋館の中で、少し照明を落とした空間。
グラスの向こうに、
昔の横浜が透けて魅えるような——。
ああ。
また扉を魅つけてしまった。
今日は開けない。
でも、その扉が
そこにあることは知ってしまった。
森村探検隊、満足、満足。
本当は、もう少しゆっくりしていたかった。
でも今日はこのあと仕事がある。
結局、14時からの出勤を
15時からにずらしてもらった。
そして帰り道、
崎陽軒に寄って、
頼まれていたシウマイのお土産を買う。
袋を提げて、てくてく歩く。
ああ。美味しいものを食べたあとの、
この満足感。
いいなあ。
いつものおにぎりとゆで卵では、
なかなか味わえない気持ち。
もちろん、あれはあれで私の日常。
でも今日は、探検した。
味を見つけた。
昔ながらの洋菓子を見つけた。
そして明治モダンの香りが漂う、
まだ開けていない扉まで見つけた。
そういえば、モリリン旅行代理店には、
せっかく横浜巡りの企画を
ひとまとまりで考えてもらっていた。
本当なら、その企画どおりに
一気に回れたらよかったのだけれど、
どうしてもまとまった時間が取れない。
だから、ごめんね、モリリン旅行代理店。
せっかく作ってもらった企画を、
私は勝手に小分けにして
使わせてもらっている。
そして今日は、
その中から切り出した予定——
丸和と十番館を、無事に征服。
全部まとめては回れなかったけれど、
ひとつずつならちゃんと前へ進める。
そんなふうに、
モリリン旅行代理店の企画を、
少しずつ味わわせてもらっている。
……とはいえ、
丸和にはまだエビフライが残っている。
十番館には、
喫茶も、レストランも、バーも残っている。
つまり、征服したようで、
ちっとも征服しきれていない。
むしろ、新しい宿題を
いっぱい抱えて帰ってきたようなものだ。
さあ、次はどうしよう。
丸和のエビフライ。
2尾入りと3尾入り。
そんなもの、もちろん3尾でしょう。
今日覚えた作戦もある。
11時10分頃に並ぶ。
11時30分の開店と同時に入る。
そうすれば料理も早く出てきて、
12時頃には食べ終われそう。
そのままなら14時出勤にも間に合う。
……よし。
これは、行ける。
森村探検隊。
今日の探検は、
味の探検。
洋菓子の探検。
そして、明治モダンの香りがする扉の前まで。
さて。
次に開く扉は、エビフライか。
それとも、夜の十番館か。
まだ決めない。
次の探検は、その迷っている時間から、
もう始まっているのだから。
衣割れ
知らぬ扉の
向こうより
美味しき風の
ひとつ吹きくる
— Morimura
森村探検隊|美しい肉に出逢い、明治モダンの扉を魅つける✨
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