昨夜いただいた、一杯の日本酒。
その名は「比翼鶴」
ひと口、ゆっくりと含んでみた。
それほど辛口ではない。
かといって、甘さや旨みが
口の中にまとわりつくわけでもない。
それでいて、どこかまろやか。
主張しすぎず、物足りなくもない。
静かに隣へ腰を下ろして、
こちらの話に耳を傾けてくれるような
味わいだった。
けれど、私の心を引き止めたのは、
その味だけではなかった。
比翼鶴。
なんて美しい名前なのだろう。
ラベルに書かれた文字を眺めているだけで、
どこか遠い世界の物語が
そっと始まるような響きがある。
一杯のお酒に名前がある。
その名前にも、また歴史がある。
私は、こういう出逢いが好きなのだ。
福岡県久留米市の蔵元が受け継ぐこの名には、
二羽の鶴を組み合わせた
家紋の物語があるという。
寄り添う鳥の姿に、
仲睦まじいふたりを重ねた名前。
そう知ったとき、
私の心は一気に遠い中国へ飛んでいった。
唐の玄宗皇帝と楊貴妃。
白居易の『長恨歌』には、
天では比翼の鳥に、
地では連理の枝になりたいと願う、
ふたりの誓いが描かれている。
比翼の鳥。
別々の命でありながら、
寄り添い、ともに空を渡ろうとする鳥。
連理の枝。
離れて生まれた木々が、
やがて枝を結び合わせる姿。
ああ。愛するとは、
こんな願いを抱くことなのだろうか。
同じ場所にいることだけが、
寄り添うということではない。
魅つめる空が違っても、
心のどこかで相手を想っている。
そんな時間も、
ふたりを結ぶ
見えない枝になるのかもしれない。
玄宗皇帝には、国を治める責任があった。
楊貴妃との恋が語られるとき、
その華やかさの陰には、
政治の混乱と悲しい別れもついてまわる。
歴史の出来事を、
ただ恋ひとつのせいにすることはできない。
それでも私は、ふと思う。
皇帝という重い冠を外せば、
そこには、ひとりの女性を
深く愛した男性の心が
あったのではないだろうか。
美しい顔立ちに惹かれることはあっても、
長く心をとどめるのは、
きっと姿形だけではない。
知性や教養。
交わす言葉の温度。
そばにいて安らげること。
そんな目には見えないものが、
人をさらに恋しくさせるのかもしれない。
もちろん、
ふたりの本当の胸の内はわからない。
だからこそ、歴史の余白には、
想像の翼をそっと広げてみたくなる。
華やかな宮廷の奥にも、
きっと、誰にも見せない夜があっただろう。
何気ない言葉に笑った夜。
離れがたく感じた朝。
そこにいたのは、
歴史の教科書に登場する人物ではなく、
誰かを想う、
ひとりの人間だったのかもしれない。
そして今朝。
夜明け前の群青の空に、
大きく輝く星と、
少し離れて光る小さな星を見つけた。
ふたつは、まるで
互いを魅つめ合っているようだった。
あっ、比翼の鳥。
昨夜の一杯が、
今朝は空にふたつの光となって
現れたような気がした。
昨夜は舌で味わったものを、
今朝は目で味わっている。
こんなふうに、ひとつの体験が
別の景色の中で生まれ直すことがある。
だから、日々の小さな出逢いは面白い。
星の名前は知らない。
ふたりの星であるはずもない。
それでも、そう魅えたのだから、
今朝の私にはそれで十分だった。
そして、ふと胸に浮かぶのは、
早く逢いたいという、ひとつの願い。
強く引き寄せて縛るのではなく、
離れた時間にも温かさを残すような想い。
そういえば、比翼鶴の味もそうだった。
決して舌にまとわりつかず、
それでいて、まろやかな余韻を残してくれた。
あの一杯の名前が、
こんなにも遠い恋の物語と
今朝の星空を結んでくれるなんて。
日本酒の小径。
昨夜の一杯から伸びた小径は、
千年の時を渡り、
私の群青の空へと続いていた。
比翼鳥
星となりても
寄り添いて
群青の空
恋を語らん
— Morimura
日本酒の小径|比翼鶴――一杯に宿る、千年の恋――
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