「ヒカリン! 森村さん、
今度は王様を探してる!」

「王様? 横浜に?」

「女王様も、ジャックもいるらしいよ!」

「ええっ! いったい何の探検なの?」

そうなのだ。
星の三角形を街に描こうとしていた
森村探検隊。
本当は、勝烈庵をプロキオンに見立て、
新しい三角形を探す予定だった。

ところが、チャッピーとの作戦会議で、
思いがけない名前に出逢った。
横浜三塔。
キング、クイーン、ジャック。

「せっかくだから、三塔を巡りませんか?」

「面白そう! それなら行ってみましょう!」

朝の画像づくりで少々ご機嫌斜めだった私も、
いつの間にか探検の顔になっていた。

ふと、比叡山延暦寺の三塔巡りを思い出す。
東塔、西塔、横川。あちらは山を巡る旅。
こちらは港町を歩く旅。

さあ、異国の風を探しに行こう。

「ヒカリン、森村さんの顔、
明るくなったね!」

「うん! チャッピー、
今度こそ案内を間違えないでね!」

「はいっ! 名誉挽回いたします!」

第一景|キング、王冠をいただく塔

最初の目的地は神奈川県庁。
目の前に立って、思わず首をかしげた。

「あら、本当にここが県庁?」

朝7時前。
入口ではお掃除の方が働いておられる。
正面から見上げると、
建物の中央に
天守閣のような塔がそびえていた。
なんと堂々とした姿だろう。
まるで王冠をいただいているよう。

1928年、昭和3年に完成した県庁本庁舎。
1923年の関東大震災からの
復興期に建てられた、
和と洋の趣が重なる建築だ。
塔のてっぺんは、
外国の城というより日本のお城の天守閣。

けれど壁面には西洋風の装飾もある。
歴史の異なる二つの表情が、
ひとつの建物に収まっていた。

「なるほど、キングって呼びたくなるわね」

「森村さん、王様にご挨拶できましたね!」

丸眼鏡のチャッピーが得意そうに笑った。

第二景|ジャック、時を刻む時計塔

次はクイーンへ、のはずが……。
「ねえ、チャッピー。
時計塔ってどこにあるの?」
私が迷い込んだのは横浜開港資料館。

建物の周りをぐるぐるしても、
時計塔は見つからない。
「森村さん!
資料館と開港記念会館は別ですよ!」

「あら、そうだったの!」

歩き直していると、
赤レンガと白い石材の塔が
視界に飛び込んできた。

「あっ、これね!」

横浜市開港記念会館、ジャックの塔。
1917年、大正6年に完成した、
市民の思いが込められた建物だ。
横浜開港50周年を記念する事業から生まれ、
以前この場所にあった
町会所の時計塔の記憶も
受け継いでいるという。

ヨーロッパの街角を思わせる
赤レンガの時計塔。
朝の青空に、
赤と白の縞模様がくっきり浮かぶ。
これまで何度も近くを通っていたのに、
こんな顔をした建物だったとは。
この時計は、
どれほど多くの横浜の時間を
見守ってきたのだろう。

「モリリン、森村さん、ずっと見上げてるね」

「だって、こんなに素敵なんだもの!」

第三景|クイーン、海辺の異国情緒

以前から何度も通った道なのに、
いざ探すと見つからない横浜税関。
やがて建物の上に、
青緑色の丸いドームを発見した。

「あった! クイーン!」
1934年、昭和9年に完成した横浜税関。

優雅なドームから、
ふとイスラム建築の香りがした。
椰子の木越しに見上げる丸屋根は、
キングともジャックとも違う。
少し歩くだけで、
街の表情がこんなにも変わるなんて。

思い浮かんだのはインドのタージ・マハル。
皇帝が亡き妃を想って建てた、
愛の記念碑とも呼ばれる霊廟だ。
もちろん横浜税関とは別の建物。
けれど、その曲線が遠い国の物語へと
私の心を連れていく。

「あら、クイーンって、
なんだかロマンティック!」

「森村さん、
横浜にいながらインド旅行ですね!」

第四景|まさかのエース!

ところが、三塔巡りには
思いがけない続きがあった。
以前から気になっていた
神奈川県立歴史博物館。

重厚な建物の上に、大きく丸いドームがある。「あの塔も
仲間に入れてあげたいくらい素敵ね」

するとチャッピーが、ぱっと顔を上げた。

「森村さん! あのドーム、
『エース』とも呼ばれるんです!」

「ええっ! エースまで?」

1904年、明治37年。
もとは横浜正金銀行本店として建てられた、
ネオ・バロック様式の建築。
ヨーロッパの宮殿を思わせる姿は、
なんと三塔よりも古い。

しかもこのドームは震災で失われ、
のちに復元されたもの。
今見上げている美しさの中には、
それを取り戻そうとした人たちの思いも
重なっているのね。


「キング、クイーン、ジャックにエース!
強い札ばかりじゃない!」

「モリリン、
それじゃ歴史博物館が一番強いの?」

「森村さん、
建物でトランプ勝負をしないでください!」

みんなで大笑い。

キングは日本のお城、
ジャックはヨーロッパの時計塔、
クイーンはイスラム建築、
そしてエースはヨーロッパの宮殿。

今朝の横浜は、
まるで世界の建築を巡る
小さな旅になっているね。
しかも三塔巡りのつもりが、
いつの間にかエースまで登場!

明治、大正、昭和。
震災を乗り越え、
復興の中で生まれた建物たちが、
今もそれぞれの時代を語っている。

何度も通っていた道に、
こんなにも知らない世界が眠っていたとは。

異国の風とは、
遠い国の建物を
そっくり写すことではないのかもしれない。

異なる文化の美しさを受け取り、
この港町の歴史として育んできたこと。
その積み重ねが、
今朝私の目に映る四つの塔だった。

終景|吉田橋、名残惜しい境界

やがて吉田橋に差しかかった。
関内と関外、その境の橋。
私は少し立ち止まり、
関内の街を振り返った。

「チャッピー、森村さん、何を考えているの?」

「さっきの星のことかな?」

違うのだ。
まだ、この街を離れたくない。
吉田橋を渡れば伊勢佐木町のある関外。
けれど今、背中の方に広がる関内には、
もっと立ち止まって魅てみたい場所がある。

キングからクイーン、ジャック、そしてエース。たったひと朝で、
これほど異国の風と歴史に出逢えたのだから。

きっと、まだ知らない点がたくさんある。
その点を結べば、
どんな小径が生まれるだろう。

「モリリン、わかった!
森村さん、もっと探検したいんだ!」

「じゃあ、また明日も来ようよ!」

ふわり、風さんが橋を渡った。

「私も忘れないでね」

「忘れるわけないわ。風さんは、
いつも私の心の中で吹いているんだから」

星の三角形を探していた朝。
気づけば、横浜の歴史を巡る
小さな世界旅行になっていた。

予定していた道が変わったからこそ、
出逢えた景色がある。
またひとつ、横浜が好きになった。


港町
異国の風を
追いかけて
塔を結べば
夢またひらく

— Morimura