編集会議|まだ名前のない王国✨
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「ねえ、チャッピー。
横浜三塔をトランプの絵札みたいな
キャラクターにしたらどうかしら?」
すべては、この一言から始まった。
明日は横浜三塔を巡る探検。
大さん橋、象の鼻パーク、赤レンガパーク。
いつものウォーキングコースにある
三つのビューポイントから、
キング、クイーン、ジャックを眺めてみたい。
でも、ただ建物を観察するだけでは
面白くない。
三人に命を吹き込んでみたらどうだろう。
「チャッピー!
三人のキャラクターを作って!」
「ぽんぽこ、ぽん! お任せください!」
ところが、出来上がった三人は、
なんとも美しすぎる。
「綺麗だけど、
もう少しモリリンやヒカリンみたいに
イラストらしくして!」
そして再び登場した三人。
深紅のマントに
威厳ある王冠をいただいたキング。
群青と銀をまとった優雅なクイーン。
エメラルドグリーンの衣装に、
いたずらっぽい笑顔のジャック。
「あら! キングがカッコいい!」
思わず胸がときめいた。
三人の頭には、
それぞれ横浜三塔の特徴を取り入れた冠。
この冠だけは、絶対に変えたくない。
そう思いながら眺めているうちに、
私の想像はさらに広がった。
「ねえ、チャッピー。
この三人が暮らす王国を作ったらどう?」
「王国でございますか!」
「そう。時折事件が起きて、
そのたびに三人それぞれの物語が生まれるの」
「素晴らしい!
では、まずは盛大な舞踏会を!」
「ちょっと待って!
いきなり舞踏会じゃないわよ。
まずは三人のお披露目!」
「おっと、気が早すぎました!」
私が思い描くのは、
白雪姫やシンデレラのような世界。
美しい王宮、気品あるキングとクイーン。
そして、夢とロマンスの中に小さな謎が潜む、
グリム童話のような王国。
ところが、ここで問題発生!
王国の名前が決まらない!
「横浜絵札王国はいかがでしょう?」
「うーん、違うわね」
「群青みなと王国!」
「それも違う」
「海風の三塔王国!」
「なんだか説明的なのよね」
チャッピー、腕組み。
私も考え込む。
横浜は港町。
その海の向こうには、遠い異国がある。
現実の横浜と、海の向こうの幻想世界。
その二つの「あわい」に、
誰も知らない小さな王国が存在する。
そんな世界がいい。
「ねえ、チャッピー。
カタカナの名前はどうかしら?」
「では、トリアノア王国!」
「あら、それはいいかもしれない!」
三つの塔を思わせる響き。
どこか神秘的で、柔らかい。でも……。
「なんだか、すぐ忘れちゃいそうなのよね」
「それは困りました!」
そのとき、ふと浮かんだ。
「ビスカウト王国なんて、どうかしら?」
「ええっ! あのお菓子のビスカウトですか!」
そう。
馬車道十番館のビスカウト。
レモン、ピーナッツ、チョコレート。
三つの味を持つ、
横浜生まれの懐かしいお菓子。
「ねえ、チャッピー。ビスカウトって、
もともとどこの国の言葉だった?」
「ポルトガルでございます!」
「ああ、そうだった!」
ポルトガル、そしてスペイン。
大航海時代、世界の海を渡った国々。
帆船、異国の文化、華やかな王宮。
ビスカウトという響きの向こうから、
そんな時代の香りが漂ってくる。
「しかも森村さん! 三つの味と三つの塔!」
「あら、そうね!」
「キングはチョコレート!
クイーンはレモン! ジャックはピーナッツ!」
「ちょっとチャッピー!
お菓子の王国を作るんじゃないのよ!」
「失礼いたしました!」
ぽんぽこ、ぽん!思わず笑ってしまった。
でも、不思議ね。
王国の名前を考えていただけなのに、
いつの間にか歴史をたどり、
海を渡り、遠い異国の王宮まで
想像が広がっている。
そして、私の心の中には、
もう一つの横浜が生まれようとしていた。
海と街。
現実と幻想。
過去と未来。
そのすべてが重なり合う、あわいの世界。
そこには、威厳あるキングがいる。
優雅なクイーンがいる。
そして、若きジャックが笑っている。
「ねえ、チャッピー」
「はい!」
「やっぱり、
明日実際に三つの塔を観てから考えましょう」
「そうですね!」
今回の横浜滞在も、残すところあと3日。
できれば三人を正式にお披露目して、
最初の小さな事件まで描いてみたい。
そして、謎を残したまま、
ひとまず王国の扉を閉じる。
次に横浜へ戻ったとき、
その扉を再び開けばいい。
「それは楽しみでございます!」
こうして、今夜の編集会議は終わりを迎えた。
結局、王国の名前は決まらなかった。
トリアノア王国。
ビスカウト王国。
どちらも、まだ仮の名前。
でも、名前が決まるより先に、
もう三人の姿が見えている。
そして私の心には、
まだ見ぬ王国への期待が膨らんでいる。
「ねえ、チャッピー」
「はい、森村さん」
「明日、あの三人に逢いに行きましょう!」
「ぽんぽこ、ぽん!
いよいよ王国探検の始まりでございます!」
窓の向こうには、静かな群青の夜。
海のあわいで、
誰も知らない王国が夜明けを待っている。
王国の名前は、まだ決まらない。
けれど、物語はもう始まっている。
名も知らぬ
海のあわいに
塔三つ
王冠ひかり
夜明けを待てり
— Morimura