「横浜開港・交差する異文化と街の誕生」

横浜開港資料館で目にした、
その言葉が心に残っていた。

歴史の教科書では、
黒船が来て、条約が結ばれ、横浜が開港した。
ほんの数行で通り過ぎてしまう出来事。

けれど、写真や絵の中に残る街を
見つめているうちに、私はふと思った。
あのとき、
本当に開かれたのは港だけだったのだろうか。

1859年、横浜開港。
それまで半農半漁の村だった土地に、
海の向こうから船がやって来る。
異国の言葉、見慣れない服装、
初めて目にする品物。
日本各地からも商人たちが集まり、
少しずつ家が増え、
道ができ、店が並ぶ。

昨日まで静かだった場所に、
知らない誰かの声が響く。
小さな村が、世界とつながる街へと
姿を変えていく。

私はその変化を、
ただ「発展」というひと言では
片づけたくなかった。

生まれ育った土地を離れ、
横浜へやって来た人は、
何を夢見ていたのだろう。
異国の商人を初めて迎えた人は、
どんな顔をしたのだろう。

言葉が通じなくても、
品物を指さし、
身振りで笑い合うことはあったのかしら。

そんな名もなき人々の姿を思うと、
古い街並みが急に温もりを帯びてくる。
展示されていた関内の古写真。
道の両側には商館や店が並び、
看板には異国の文字。
道を進む人力車や馬車。
その傍らを行き交う人々。

写真は音を残さない。
けれど、車輪の音や人の呼び声が、 
今にも聞こえてきそうだった。

古い写真が、当時の人々にとっては、
ただの日常だったことにも心を惹かれた。
店先で立ち止まる人。
誰かを待つ人。
用事を急ぐ人。
彼らは、百年以上先の私が
その姿を眺めることなど知らない。

ただ、今日という一日を生きていた。
その当たり前の暮らしが、
いつしか横浜の歴史になったのだ。

もう一枚、目を引いたのは
中華街のお祭りの風景。
旗や飾りで賑わう通りに、
人々が集まっている。
海を渡ってきた文化が、
やがて街の日常に根を下ろし、
祝いの日の楽しさにまで
なっていったのだろう。

異国のものが、
いつまでも異国のままでいるとは限らない。
出逢った土地の人々と暮らしを重ね、
少しずつ、
その街ならではの表情に変わっていく。
もちろん、そこにあったのは
希望や喜びだけではなかった。

外国人の居住区域が定められ、
幕末の政情は揺れ動き、
時には争いも起こった。
新しい時代を迎える不安と期待。
その両方を抱きながら、
横浜という街は育っていったのだろう。

私は今朝、伊勢佐木モールの
足元に埋め込まれた絵タイルを見つけた。
昨日知ったものが、
今日の足元に新しい意味を持って現れる。

知る前と、知った後。
道は何も変わらないのに、
私の目には別の景色が映る。

吉田橋もそうだった。
関内と関外を結び、
かつては関門が置かれた場所。
1869年、木の橋が鉄の橋に
架け替えられたとき、
人々はどれほど驚いたことだろう。

橋を渡るのは、足だけではない。
暮らしも、商いも、
新しい時代への期待も、
きっとその道を行き来した。
馬車道にはガス灯がともり、
乗合馬車が走る。

知らないものへの戸惑いと、
見たことのないものに出逢う胸の高鳴り。
その両方が交じり合って、
明治の街は少しずつ形づくられて
いったのだと思う。

そして、展示写真の中には
1885年に建てられた
赤レンガの横浜税関もあった。
中央に塔をいただく堂々とした建物。
今朝、何度も見つめた
クイーンの塔とは違う姿なのに、
海と街のあいだで、
異国から届く品々を
迎える役割を受け継いできた場所なのだ。

やがて街は幾度も姿を変え、
今の横浜へと続いていく。
私は資料館を出て、
今日の横浜を歩いた。
橋の上には車が走り、
馬車道には新しい店が並び、
港には大きな船が浮かぶ。

目の前のものは昔と違っていても、
ここには今も、人や物が行き交い、
さまざまな文化が交わる息遣いがある。

そして、さっき魅つめた海を思い出す。
あの海は、昔の人々にとって
何を運んでくる場所だったのだろう。
恐れも、希望も、商いも、
思いもよらない出逢いも。

海の向こうからやって来たものが、
今度は横浜で新しい姿になって、
誰かの暮らしに根づいていく。

大好きなビスカウトも、
名前をたどれば
遠いポルトガルの言葉に行き着く。
数百年の時を隔てた異国の響きが、
今では横浜のお菓子の名前として、
私を微笑ませてくれる。

なんだか不思議。
歴史は、古い写真の中だけに
閉じ込められているわけではないのね。

街角の看板に、橋の名前に、
食べ物の呼び名に。
そして私が歩く道の、
すぐ足元にまで、今も静かに生きている。

見知らぬものを迎え入れ、
違いに戸惑いながらも、
新しい日常をつくってきた人々。
その一人ひとりの暮らしが重なって、
横浜という街になった。

海は、扉だった。
けれど、その扉をくぐって街を育てたのは、
人だったのだと思う。
私が今日見つけたのは、
開港の年号ではない。

遠い時代から、今ここまで続いている、
横浜の息遣い。
風に吹かれながら、もう一度街を見渡す。
昨日まで見慣れていた風景の向こうに、
今はもうひとつ、
新しい横浜が見える気がした。

そして、あの海の向こうには、
まだ私の知らない物語が、
いくつも眠っているのだろう。

ひとつの歴史を知ることは、
ひとつの新しい風景に出逢うこと。

今日もまた、
私の心の中に、
横浜の新しい一頁が生まれた。

— Morimura