パワースポットで、
昨日までの私をリセットし、
新しい一日に向けて更新された私。
空っぽになった心に、
最初にインプットされたのは、
季節を味わう心、
季節の移ろいに感動する心だった。
今、ひたすら歩いている。
けれど、心の中はなぜかとても軽やかだ。
歩き始めたときは、
重苦しい空気と同じように、
心の中にも何かが
重く沈んでいたような気がする。
それが今は、すっきりと洗われ、
軽やかな足取りで街を歩いている。
見慣れたはずの風景が、眩しく見える。
祇園祭の山鉾巡行を終え、
祭りの熱気が引いたあとの街には、
華やかな夢から覚めたような
静けさが漂っていた。
行き交う人々。
挨拶を交わす人々。
そんな人と人とのつながりや
温かさを感じながら、
朝の清々しい空気と、
今日もまたこの朝を
迎えられたことに感謝している。
華厳経の唯心偈の冒頭に、
「心は巧みなる画師の如し」
という言葉がある。
私は、この言葉が好きだ。
その意味は、なんとなく頭では理解していた。
けれど、パワースポットで心を洗われ、
空っぽになった今の私は、
まさにこの言葉を体現しているように感じる。
心の持ち方ひとつで、
目の前の景色は描き変えられる。
同じ街も、
同じ人も、
同じ朝も、
心が穏やかであれば、
やわらかく、美しく見えてくる。
そして、周りの空気まで自然と和らいでいく。
おそらく、今の私の心は美しいのだと思う。
そんな少し照れくさい自己陶酔に浸りながら、
耳元では「ケセラセラ」が流れている。
伸びやかで爽やかな歌声が、
今の私の心に響き、
私の歩みに寄り添うように
メロディーを奏でている。
負けるな。
今日も踏ん張って。
私を愛せるのは、私だけ。
生まれ変わるなら、また私がいい。
そう心の中で歌いながら、
私は軽やかに前へと歩き出した。
朝のひとり言〜祭りのあと、心は晴れて〜
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