ふわふわと、くるくると。
朝の風が私のまわりを楽しそうに踊っている。
「おはよう。今日も一日、一緒に頑張ろう」
そんな優しい声を
かけてくれているようだった。
昨夜、お店を終えて帰る頃には、
0:00を過ぎていた。
蒸し暑く、生ぬるい空気が街を包み込み、
息苦しささえ感じる夜だった。
「暑い、暑い」と思いながら
帰ったことを覚えている。
けれど今朝は違う。
空気には少し夏のぬくもりが
残っているものの、
その奥には清々しさが息づいている。
私の心の中で舞っている風が、
そのまま目に見えるようだった。
今日は四日ぶりに横浜の海へ逢いに行く。
あの海は、
今日はどんな景色を見せてくれるのだろう。
そう思うだけで胸が弾み、
私は馬車道を足早に歩き始めた。
ところが、あまりにも早く目が覚め、
予定より早く歩き始めたため、
このまま進めば日の出前に
海へ着いてしまいそうだった。
せっかくなら、日の出の瞬間から、
その後の移ろいまでゆっくり魅たい。
そう思い、途中で左へ曲がってみた。
この道を歩くのは、おそらく初めてだ。
どこまでも続く広い道路。
ゆったりとした交差点。
美しく整えられた街並み。
車のためにつくられた道なのだろうけれど、
私には、大きな風が
自由に吹き抜ける一本道のように感じられた。
海から吹く風よりも、
私が歩くその先から流れてくる風のほうが、
ずっと力強い。
その風に背中を押されるように歩いていると、
見覚えのある高い建物が見えてきた。
ランドマークタワーだ。
地図を見ると、
このまま進めば桜木町駅へ着くらしい。
そして、その隣に立つ白く美しい建物。
横浜市役所だった。
まるで未来へ向かう船のように、
すらりと空へ伸びるその姿に思わず
見入ってしまう。
一方で、馬車道へ戻る途中に現れた
レンガ色の建物には、
また違った魅力があった。
重厚で、静かで、
長い年月を見守ってきたような存在感。
白い建物が未来を語るなら、
レンガの建物は歴史を語っている。
色には、その場所が歩んできた時間まで
映し出す力があるのだと、改めて感じた。
ふと気になり、
後戻りして建物の名前を確かめる。
横浜第二合同庁舎。
もしかすると、昔の市庁舎だったのだろうか。
そんな想像を膨らませながら
歩いているうちに、
再び馬車道へ戻ることができた。
日の出までは、あと六分。
ここから港へ向かえば、
ちょうどいい時間になる。
計算どおり。
ほんの小さなことなのに、
自分の思い描いたとおりに進むだけで、
朝から嬉しくなる。
坂道を上り始める頃には、
さっきまで私を包んでいた風は、
どこかへ散歩に出かけてしまったようだった。
少し息が上がる。
そのとき、すぐ横に見えた船着場から、
水の気配が静かに伝わってきた。
春に見たお花見船も、
この場所に停まっていたのだろうか。
そんなことを思いながら、
水面をしばらく眺めた。
やがて新港中央広場へ差しかかると、
植え込みいっぱいに咲く黄色いひまわりが、
一斉に私を迎えてくれた。
「お帰り」
そう語りかけてくれているようだった。
鮮やかなビタミンカラーは、
私の大好きな色。
朝から心がぱっと明るくなる。
今日は赤レンガ倉庫の間を通らず、
少し遠回りをすることにした。
もう朝日は昇っている。
早く逢いたい。
それでも、少しだけ自分を焦らしながら、
その瞬間の感動を大切に育てていく。
右手には赤レンガ倉庫。
左手には豊かな緑。
その真ん中を貫く石畳の道を、
まっすぐ歩く。
まるで秘宝が眠る場所へ
導かれているようだった。
柵まで歩み寄り、ゆっくり空を魅つめる。
そこに広がっていたのは、
言葉では表しきれない神秘の色だった。
ピンクゴールドでもない。
黄金色でもない。
赤銅色とも少し違う。
空全体が、その光だけに染められている。
まるで空そのものが、
一つの命になったようだった。
その壮大な輝きを魅つめていると、
不思議なくらい心が静かになっていく。
波の音と鼓動が重なり合い、
今日まで抱えていた様々な思いが、
ゆっくりと整理されていく。
無になるために。
静けさの中には、たくさんの音が生きていた。
鳥たちの歌声。
鳩が歩く小さな足音。
波が岸壁を撫でる音。
木々が風とささやき合う音。
遠くを歩く人の足音。
そのすべてが、この朝だけの交響曲となり、
天から降り注ぐ音楽のように響いていた。
その余韻を胸いっぱいに抱きながら、
大さん橋へ向かう。
風を感じる。
胸が熱くなる。
鼓動が速くなる。
足取りまで軽くなる。
早く逢いたい。
太陽に。大
さん橋の入り口に着くと、
予想どおり、
太陽はその姿を完全に現していた。
放たれる光は、
大きく広がったり、
小さく揺れたりしながら、
生きている鼓動のように脈打っている。
あと少し。
私のパワースポットまで、あと一直線。
走ればすぐに着く。
けれど今日は走らない。
一歩ずつ。
一歩ずつ。
太陽の神々しさを胸に刻みながら歩く。
そして、とうとうその場所へたどり着いた。
今日という朝は、
これまででいちばん美しいタイミングだった。
太陽は形が見えないほどの光を
四方八方へ放ち、
その輝きは海にも空にも、
そして私の心にも降り注いでいく。
心が洗われる。
胸が洗われる。
体中が光に満たされていく。
無になった私の心へ、
最初に入り込んできたもの。
それは、この横浜の海にしかない景色だった。
この大さん橋の先でしか出逢えない、
空と海と太陽が織りなす、
たった一つの風景。
そして、その風景に出逢えたという、
かけがえのない感動だった。
その感動を胸いっぱいに抱きしめ、
私は太陽の光を背に受けながら、
再び歩き始める。
今日という新しい物語の、最初の一歩を踏み出すために。
風が還る朝✨
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