外へ出ると、生ぬるい空気が体を包んだ。
朝特有の爽やかさは、どこにも感じられない。
それでも私は、今日も歩き始めた。
「行ってらっしゃい」
そんな心の声に背中を押されながら、
一歩、また一歩と前へ進む。
歩き始めてしばらくすると、
不思議なことに風が現れた。
港の方から真正面に吹いてくる風とは違う。
私の歩く速さに合わせるように、
寄り添うように、
いつの間にか私のそばを歩いている。
今日も風が一緒に歩いてくれている。
そんな温かな気配を感じた。
いつもなら目覚めの曲として
『埠頭を渡る風』を聴くところだが、
今日はなぜか昨日から心に残っていた
『風が私を呼んでいる』を聴きたくなった。
風が私を呼んでいる。
鳥が私を呼んでいる。
雲が私を呼んでいる。
木々が私を呼んでいる。
そして、海が私を呼んでいる。
その歌声に導かれるように、
私は今日も海を目指した。
馬車道を真っすぐ歩く。
交差点に差しかかるたび、
左右の道から風がすっと流れ込み、
私の体を優しく包む。
一つの交差点。
また次の交差点。
そして、
そのまた次の交差点。
そのたびに新しい風が私に加わっていく。
気づけば、私は後ろに
たくさんの風を引き連れながら、
胸を張って馬車道を歩いていた。
まるで風たちの先頭を歩く王様のように。
風が私を呼んでいる。
鳥が私を呼んでいる。
雲が私を呼んでいる。
木々が私を呼んでいる。
そして海が私を呼んでいる。
真正面から吹く海風を受けながら、
その言葉が心の中で何度も響いていた。
歌の中には「ちどり足」
という歌詞が出てくる。
まだ歌全体の意味は読み解けていないけれど、
その言葉を聴くたび、
酔っ払いの姿が思い浮かぶ。
私はお酒に酔っているわけではない。
けれど、今日の私は、風に酔っていた。
たくさんの風を引き連れ、
その風に包まれながら歩いているだけで、
心はどこまでも自由になっていく。
新港中央広場の入口では、
いつものヒマワリが一斉にこちらを向き、
笑顔で迎えてくれた。
その向かいには、
可愛らしいピンク色の花を咲かせた一本の木。
今まで気づかなかったその木を調べると、
サルスベリだった。
そういえば昨日、中華街でも見かけた。
私が横浜を離れている間に咲いたのだろうか。
それとも、咲いていたのに、
私が気づいていなかっただけなのだろうか。
季節は、静かに歩みを進めていた。
やがて海が見えてきた。
広く、果てしなく続く水平線。
その向こうには、
まだ見ぬ世界が広がっている。
私の後ろを歩いていた風たちは、
一斉に海へと解き放たれた。
海の上では風が舞い、
水面を渡り、
大きな波となって景色を揺らしていく。
今日は曇り空だった。
太陽の姿は雲に隠れ、
光はほとんど届かない。
けれど、その代わりに風が踊っていた。
水面を走り、
空を巡り、
波を揺らし、
大きな拍手のような風となって、
再び私のもとへ戻ってくる。
その風は、
朝の爽やかな香りをそっと運んできてくれた。
大さん橋。
私のパワースポットまで、あと一直線。
歩けば歩くほど風は大きくなり、
私の全身を優しく包み込む。
まるで空へふわりと
持ち上げられていくような心地よさだった。
風が私を呼んでいる。
雲が私を呼んでいる。
鳥が私を呼んでいる。
木々が私を呼んでいる。
そして海が私を呼んでいる。
雲に覆われた空の向こうから、
神秘的な朝の光が
わずかに顔をのぞかせていた。
私は両手を大きく広げ、空を見上げる。
深く息を吸い込む。
風は頭の先から指先、
足先まで優しく駆け巡り、
私という存在を自然そのものへと
溶け込ませていく。
その瞬間、心は無になった。
何も考えない。
何も抱えない。
ただ、風の中に身を委ねる。
それだけで十分だった。
来た道を折り返す。
空はまだ曇っている。
それでも私の心には青空が広がっていた。
軽くなった心へ最初に舞い降りてきた言葉。
それは、今日という物語の書き出しだった。
「風が私を呼んでいる」
その声に導かれながら、
私は今日という新しい一ページを、
静かに、そして確かに歩き始めた。
風が私を呼んでいる✨
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