時を超えて、
旅をしてしまったような夜だった。
私がお店に入ったばかりの頃へ、
心だけがタイムワープしていた。

あの夜、私の隣にはあなたがいた。
昼間に呼んでくださり、
意気投合し、
その日の最後の時間にも、
もう一度逢いに来てくださった。
「森村さんの入店祝いをしてあげるよ」
そう言いながら、
白ワインとおつまみを用意し、
満面の笑みで迎えてくださったあなた。

あの日の笑顔に、
時を超えてもう一度逢うことができた。
その嬉しさだけで、胸はいっぱいだった。 

予定にはなかった。
飲んで、笑って、はしゃいで、語り合って。
心は何度も高鳴り、
その幸せに酔いしれていた。
その余韻を抱えたまま、
いつもよりずいぶん遅くお部屋へ戻った。

朝のことを思えば、
早く眠らなければいけない。
それでも、日記だけは仕上げようと思った。
そこまでは覚えている。
きっと電気をつけたまま、
ごろんと横になり、
スマートフォンを握ったまま
眠ってしまったのだろう。

目を覚ますと、
時計は4:30を迎えようとしていた。

時間を計算するよりも先に、
今日は、とにかく歩きたかった。
五日ぶりの横浜の海へ。
昨夜の感動を海へ伝えたかった。
あの胸の高鳴りを風と分かち合いたかった。
だから私は、迷うことなく外へ飛び出した。

二日酔いになる予定など、
もちろん立ててはいなかった。
けれど頭は少し重い。
そんな私に、小さな雨粒が
ぽつり、ぽつりと降りかかる。
まるで眠気を
優しく洗い流してくれるようだった。

そして顔を上げる。
やっぱり今日も、
朝一番に風が迎えに来てくれた。

風が私を呼んでいる。
鳥が私を呼んでいる。
空が私を呼んでいる。
木々が私を呼んでいる。
雨が静かに心を潤してくれる。

昨夜の感動が、その雨に溶け込みながら、
ゆっくりと胸へ染み込んでいった。

昨日も寝坊した。
今日も寝坊した。
同じ出来事なのに、こんなにも景色は違う。
昨日は心が重かった。
今日は心が晴れている。
それだけで世界は、こんなにも違って見える。

やっぱり横浜は素敵な街だ。
待っていてくれる人がいる。
帰る場所がある。
それは、何よりも幸せなことなのだと思った。

そんな横浜への想いを
胸いっぱいに抱きながら、
私は馬車道をまっすぐ歩く。

いつもより30分ほど遅い朝。
でも、その予定外の書き換えさえ、
今日は愛おしく思えた。

赤レンガ倉庫へ向かうと、
イベント準備のための設備が並び、
いつもの景色は少し隠れていた。
海は見えない。
それでも通路の向こうから、
すうっと風だけが私のもとへやって来る。

私は思わず両手を広げた。
風を抱きしめるように。
風を受け止めるように。
そして、そのまま海へ向かって歩いていく。
やがて視界が開ける。

海だ。五日ぶりの横浜の海。
胸いっぱいに風を吸い込む。
曇り空で朝日は見えない。
それでも私は感じていた。
雲の向こうで、
今日も変わらず
私を照らしてくれている朝の光を。

大さん橋へ足を踏み入れる。
その瞬間、海から大きな風が、
ザーッと吹き抜けてきた。
前から。右から。左から。後ろから。
四方八方から風が集まり、私を包み込む。
帽子が飛ばされそうになるほどの強い風。

雨に濡れた甲板は静かに輝き、
まるで朝の光を映しているようだった。
私は一歩、また一歩と歩き続ける。
横浜の海を横目に見ながら、
私だけのパワースポットへ。

前から吹く風。
横から吹く風。
背中を押す風。私を抱きしめる風。
そうか。
これは全部、私の風なんだ。
私が呼んだ風。
そして、私を呼んでくれている風。

そう思った瞬間、
今朝の寝坊も、
昨日の失敗も、何ひとつ失敗ではなくなった。

私はまっすぐにパワースポットへ向かう。
五日ぶりの横浜の風へ向かって。

そして、身を乗り出すようにして、
大きく息を吸い込み、思いきり叫んだ。
「おはよう!」

今日も私の心は、空のように澄んでいる。
でも、その奥には、
昨夜の温かな余韻だけを、
そっと大切にしまっている。

私、あなたのもとへ帰ってきた。
風がある。
海がある。
空がある。
目には見えなくても、確かに光がある。

そのすべてに抱かれながら、
私はまた、新しい一日の物語を歩き始める。