今日、初めて心に響いた花風の小径で、
私はなぜか、
自分自身を包んでいた殻を一枚破り、
その外へ飛び出したような気持ちになった。
新生した、とでもいうのだろうか。
母の胎内から
初めて外の世界へ生まれ出た赤子のように、
まっさらで、
何にも染まっていない、
ピュアな気持ちになった。
殻を一枚破ったことで、
余計なものがひとつ削ぎ落とされ、
よりシンプルな私に近づけたような気がした。
そんな思いを
今日の物語に綴っているうちに、
思いのほか時間がかかり、
中華街へ入る頃には
予定より10分ほど遅くなっていた。
長い朝の時間から見れば、
10分ほどの遅れは大したことではない。
けれど、私にはこのあと、
大切な朝そば時間が待っている。
この10分の遅れで、
最初の一回転に入れないかもしれない。
今日は、この町での
ひとまず最後のウォーキング。
ゆっくり、じっくりと街並みを眺め、
その景色を心に焼きつけながら
歩きたいと思っていたけれど、
中華街だけは
少し道順をワープすることにした。
花風の小径で出逢った幻想的な風景と、
自然から届いた美しい言葉に、
すっかり心を奪われてしまったせいだ。
けれど、そんな寄り道なら、それもいい。
中華街では、
媽祖廟と関帝廟にだけお参りをして、
そのまままっすぐに通り抜けた。
さあ、今から朝そば時間。
中華街の門を抜けると、
ここでもサルスベリが、
鮮やかな花を揺らしながら
私に微笑みかけてきた。
「今日も素敵な笑顔で一日を」
そんなふうに、
そっと声をかけてくれているようだった。
今日、朝そばを食べたら、
次にここで味わえるのは五日後になる。
たった五日なのに、少し寂しい。
もしかしたら、
お店の方たちも、
「あの、いつも朝一番に並んでいた人、
どうしたんだろう」なんて、
私のことを少しだけ
話題にしてくれるかもしれない。
そんなことを思うと、
ひとりで可笑しくなった。
昨日は遅くまで、
いっぱい食べて、いっぱい飲んだ。
それなのに今日は、
お蕎麦が身体の中へ、
するすると美味しく
入っていきそうな予感がする。
それでも天ぷらはやめて、
目にも鮮やかで、涼やかで、
爽やかな冷やしたぬきそばを、
この町で過ごす最後の朝に選ぶことにした。
中華街を少しワープしたおかげで、
予定どおり、お蕎麦屋さんの前に着いた。
お店の方が注文を聞きに来てくださった。
もう、私のことを
覚えてくださっているようだった。
「今日は何にしましょう」
あたたかな笑顔で、
いつものように声をかけてくれる。
その笑顔に逢えること自体が、
いつしか私の朝そば時間の
楽しみのひとつになっていた。
やがて、私の冷やしたぬきそばは、
すでにカウンターに置かれていた。
いつもの場所を確保して、
今からいただく。
今日は、漬物も入れてみた。
この一杯ともしばらくお別れかと思うと、
やはり少し名残惜しい。
だから今日だけは、急いですすらない。
別れを惜しむように、
ひと口、またひと口。
よく噛みしめながら、
この町で重ねてきた朝の時間まで、
ゆっくりと味わおう。
花風の小径で殻を一枚脱いだ私は、
いつもの一杯の前で、
少しだけ新しくなった自分とともに、
この町の朝を心へしまっていく。
花風の向こう側✨
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