18時半になる少し前、
晩ご飯ができあがった。
今日は家族と一緒に、ゆっくり食卓を囲む。
「このうなぎ、おいしいね」
「え、今日もそばにしたの?」
「このサラダ、私好き」
そんな何気ない言葉が、
食卓のあちらこちらから飛んでくる。
「あなたに買ってきたんだから、
そのサラダ、全部食べていいよ」
そう言うと、「ありがとう」と返ってきた。
たったそれだけの会話なのに、
なんだか嬉しい。
今日の私は、ハモのお吸い物も
ちょっと真面目に作った。
骨と頭を入れて、きちんと出汁を取った。
いつもより少し手間をかけた一椀。
家族がひと口すすって、
「これ、すっごく美味しい」と言ってくれた。
その瞬間、手間をかけた時間まで、
全部ご褒美に変わったような気がした。
私は、いつもの十割そば。
少し硬めに茹でるのが好きだ。
一玉は食べられないから、いつも半分ずつ。
半分の十割そばの上に、
うなぎの蒲焼きをのせる。
その瞬間、ふっと名前が降りてきた。
うな重そばじゃない。
これは、「うな十そば」
その方が、なんだか可愛い。
残りの半分は、明日の朝のお楽しみ。
そんなことを話しながら、
笑いながら、
今日の晩ご飯はゆっくりと終わっていった。
食事が終わると、
誰かが声をかけるわけでもなく、
自然と片づけが始まる。
「これお願い」
「私はこっちをするね」
そんな言葉さえ、ほとんどいらない。
今日は私が先に食べ終わったから、
流しに立ってお茶碗を洗った。
すると家族は、
いつの間にかテーブルの上を片づけ、
きれいに拭いている。
別の日には、それが反対になる。
誰かが決めたわけでもない。
お願いしたわけでもない。
その日の流れの中で、
それぞれが自然に動き、
いつの間にか全部が片づいている。
私は、そんな空気が好きだ。
一緒に暮らすということは、
もしかすると、
こういうことなのかもしれない。
言葉にしなくてもわかること。
頼まなくても、そっと手を伸ばせること。
そんな小さなやさしさが積み重なって、
家族の時間になっていく。
食卓もきれいになり、
家の中が落ち着いたころ、
私はベランダへ出た。
今日の嬉しかったことを、
風さんに聞いてもらいたくなったのだ。
空はもう薄暗く、
夜の帳が静かに降り始めている。
そよそよと吹く風が、
ベランダに干したブラウスを揺らしていた。
私は、誰に聞かせるでもなく、
独り言のように今日のことを話す。
すると風が、
何度も何度も私の方へ吹いてくる。
「よかったね。
家族の人が喜んでくれて、よかったね」
「今日は仕事を切り上げて、
早く帰ってきてよかったね」
「また明日も、いいことがあるといいね」
そんなふうに、
風が話しかけてくれているようだった。
嬉しい日も。
楽しい日も。
悲しい日も。
腹が立つ日も。
いつだって風は、
私の喜怒哀楽を黙って聞いてくれる。
そして、心の中にできた小さなでこぼこを、
さらさらと撫でるように、
いつの間にか滑らかにしてくれる。
だから私は、風が好き。
風に語りかけることが好き。
今日という日の小さな幸せを、
こうして風に聞いてもらえる時間が、
私は好きだ。
そして今夜もまた、
私の話を聞き終えた風が、
薄暗くなった空の向こうへ、
そっと幸せを運んでいった。
風に聞いてほしい夜✨
勃つねで応援-
-
共有で応援