早く歩きたくて、
久しぶりの白いシューズを手に取り、
外へ出た。風が気持ちよかった。

朝の爽やかな空気が、美味しかった。

ひとつの風が、私の頬を撫でる。
また別の風が、私を抱きしめる。
そして、どこからかやってきた風が、
今度は優しく頭を撫でてくれる。

風がいる。
ここに、風がある。
私は今、風と一緒にいる。
心を開いて、
体いっぱいで風を感じていたかった。
このままずっとここにいて、
風と戯れていたい。
そんな清々しく、穏やかな朝だった。

六日ぶりのウォーキングに出発した。
時刻など、まったく気にしていなかった。
ふとスマホを見ると、3:48。
少し驚いた。
ずいぶんゆっくり
支度をしたつもりだったのに。

そうか。
今日は、それだけ早く目を覚ましたのだ。
でも、時間なんて気にしなくていい。
時間を気にしない、
このゆったりとした時の流れが、私は好きだ。
この流れに身を置いていると、
次に何をしなければならないのか、
その次には何が待っているのか、
そんなことを考えなくてもよくなる。
ただ、今を感じていればいい。

歩きながら、ふと、以前どこかで魅た
一枚の絵を思い出した。
お寺の能舞台へ向かう
ホールの入口だっただろうか。
そこには、大きな大きな極楽世界が
描かれていた。

その世界の中に、大きな仏様が
ゆったりと横たわっていた。
穏やかなお顔。
ゆるやかに横たわるお姿。
仏様そのものが、
極楽という世界を表しているようだった。

今朝の私は、いつの間にか、
その絵の中へ足を踏み入れたような
気持ちになっていた。

極楽世界では、時間を気にしなくていい。
迷いも、悩みも、ひとつずつ浄化されていく。
清らかになった心で、
感じるものを、
感じるままに受け入れればいい。
美しいものを魅て、美しいと感じる。
素晴らしい風景を魅て、素晴らしいと感じる。
自然に抱かれ、
その大きさをそのまま受け入れ、
季節の移ろいを感じながら、
ともに歩いていく。
ゆるり、ゆるりと。

考えてみれば、
私にとって朝のウォーキングとは、
そんな時間なのかもしれない。
まして今日は、朝そばもない。
会社もお盆休みに入った。
家族にも、
「今日は少しゆっくり歩くかもしれないから、
朝ごはんが遅くなったらごめんね」
と伝えてある。
だから今日は、急がなくていい。

風とともに、
気の向くままに。
心の向くままに。
思うままに歩き、
感じるままに感じればいい。
だから余計に、
あの極楽浄土の絵図を
思い出したのかもしれない。

「千鳥」を聴いた。
私にとってこの曲は、
心の中に思い描く極楽浄土のように感じられる。
目を閉じて曲を聴いたときに浮かぶ世界は、
今朝、私が歩いているこの世界と、
どこか重なっていた。

すると、風があちらから、
こちらから、
私の周りへ集まってきた。
そして風は、
私が昨日から身にまとっていたものを、
一枚。
また一枚。
そして、もう一枚。
そっと脱がせていく。
心配も。
迷いも。
昨日の重荷も。
まるで——海を脱ぐように。

そうして私は、
少しずつ軽くなっていった。
緩やかな坂道を上っていく。
もうすぐ、この町で私が大切にしている、
あの場所に着く。
そこから見える、いつもの風景。
けれど、今朝はきっと、
いつもの風景ではない。

昨日までまとっていた海を脱ぎ、
風に洗われた今の私の目には、
いったい何が映るのだろう。
そして私は、
その風景を魅た瞬間、
いちばん初めに何を感じるのだろう。
まだ、答えは知らない。
だから楽しみだった。

風とともに、
一歩。
また、一歩。
清らかになっていく心を抱いて、
私はゆっくりと坂道を上っていった。