坂道を上りきった。
目の前に広がった景色は、静寂だった。
なぜだろう。
初めて見るはずなのに、
どこか懐かしく、
心の奥深くにまで
沁みてくるような風景だった。
街の灯りは、
決して煌々と輝いているわけではない。
ひとつ、またひとつ。
小さな光が、夜の暗闇の中に
静かに浮かんでいる。
その灯りは街を照らし出すためというより、
まだ夜がここにあることを、
そっと知らせているようだった。
そして、山の向こう。
これから訪れる朝を予感させるように、
空の端がほんのりと色づき始めていた。
まだ朝焼けと呼ぶには淡い光。
けれど、その光には、
どこか神々しさがあった。
その瞬間、私は以前魅た
極楽世界の絵を思い出した。
大きな仏様が、穏やかに横たわっていた、
あの世界。
時間も、迷いも、苦しみもなく、
ただ静かに、清らかに
存在しているように見えた世界。
今、私の目の前に広がる空が、
なぜかその極楽世界と重なって見えた。
さらに雲の合間には、月が浮かんでいた。
三日月よりも、
さらに細く削ぎ落とされたような月。
夜を見送りながら、
これから沈んでいこうとしている月だった。
その淡い光が、
静かな街と、山と、空と、朝の兆しを、
ほのかに照らしている。
まるで、私が心の中に描いていた極楽世界が、
そのまま空に現れたようだった。
「美しい」それだけの言葉では、
どうしても足りない。
ほんの一瞬だけ現れた、
この自然の風景を目の当たりにして、
私の心は静かに揺れていた。
大きくではない。
静かに。
静かに。
けれど、深く。
胸の奥が、じんと締めつけられるようだった。
今まで見てきた、どんな景色よりも、
心に響いていたかもしれない。
色鮮やかな夜景よりも。
まぶしい朝日よりも。
私は、この静けさに惹かれていた。
静寂の世界。
夜の名残を抱いた、幽玄の世界。
このまま、すっと、
その中へ溶け込んでしまえそうな気がした。
いつものウォーキングで魅る、
日の出の光が
街を明るく照らしていく風景も好きだ。
朝の光を浴びると、心が洗われていく。
けれど、今朝のこの静寂は、
それとは少し違っていた。
私の中に残っていた、ごつごつとした思い。
昨日から抱えていた重さ。
そのひとつひとつを、
この静かな世界がゆっくりと踏みしめて、
細かな粒にしていく。
そして最後には、
風がそれを
さらっていってくれるような気がした。
今日は、時間を気にしなくていい。
だから私は、その場所にしばらく佇んでいた。
何もしない。ただ、魅ている。
ただ、感じている。
静寂の中に、風がやってきた。
そっと私に寄り添い、
そっと心に触れてくる。
その瞬間、体の中を
何かが音を立てて
流れていくような感覚がした。
もうすぐ夜が明ける。
もうすぐ太陽が顔を出す。
でも私は、太陽が昇る直前の、
まだ夜の名残を残したこの世界が、
いちばん好きなのかもしれない。
夜でもない。
朝でもない。
光と闇の境目にだけ現れる、
静かで、淡く、どこか現実離れした世界。
目に見えているのに、
その奥には、
まだ何かが隠されているような気がする。
そんな、幽玄の世界。
空に浮かんだ極楽世界を、
私は目だけではなく、体全部で感じていた。
そして、その静かな光の中で、
私の心は少しずつ清らかになり、
風に磨かれ、
朝の光を迎える準備をしているようだった。
こうして、また私の
新しい一日の物語が始まった。
それは、
静寂の中に現れた、幽玄の世界から。
私の心に重なった、極楽世界から。
そして、そこから新しい一歩を踏み出した。
その瞬間。
また風がやってきた。
ひとつ。
またひとつ。
そして、さらにひとつ。
あちらからも。
こちらからも。
今朝の風には、いつもより少し勢いがあった。
力があった。
まるで、何かを決めているような、
まっすぐな意思を感じた。
その風の心が、今朝の私と重なった。
迷わず、前へ。
静かに。
でも、確かに。
私はまた歩き始める。
風とともに。
今日という一日を、さらにその先へ。
静寂の向こうに✨
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