熱いお風呂に入った。
これが横浜なら、
ここから私の「オアシス時間」が
始まるところだけれど、
自宅ではそういうわけにはいかない。
汗が引くまでの間も、私は朝ごはん作り。
キッチンへ行ったり、
洗面所へ行ったり、
お風呂場へ戻ったり、
鏡の前に立ったり。
家の中を、うろうろ、うろうろ。
そして、一回目の洗濯物を干しに
ベランダへ出た。
今日は、いつもより穏やかな空。
日差しもそれほど強くなく、柔らかい。
洗濯物を一枚ずつ干していると、
どこからともなく、
私の風がふわふわと集まってきた。
「今日は涼しくて、過ごしやすそうよ」
ほんとね。
なんだか今日は、
ベランダにいるのが気持ちいいわ。
でも、今は、
ここでゆっくりしているわけにはいかないの。
そろそろ焼き茄子が焼ける頃よ。
「じゃあ、また後でね」
風とそんな会話を交わして、
私はまたキッチンへ戻った。
ちょうどいい頃合いに、
予定していた料理が次々と出来上がっていく。
食卓へ並べていくと、
なかなか賑やかな朝ごはんになった。
今日は、玉子料理はあえて作らなかった。
ほかにおかずがいっぱいあるし、
それに、私が横浜へ行くときのための
ゆで玉子が減ってしまっても困る。
そんな細かいことまで、
ちゃんと考えている私。
家族がモチュッパを作ってくれていたけれど、
私はそれをいつも冷凍して、
横浜へ持っていき、おにぎりにして食べる。
だから今朝は、
昨日残しておいた十割そばを半分。
昨日のような鰻の蒲焼きはない。
その代わり、
楽しみにしていたものがあった。
昨日、煮魚屋さんで見つけた、
「ニシンと茄子の揚げ浸し」
家族はいつものように
カレイの煮つけを選んだけれど、
私はどうしてもこちらが気になった。
「このメニュー、今まで見たことないよね」
お店の方に聞いてみると、
「そうなんです。期間限定で、
明日までなんです」
それなら、
今日買って明日の朝ごはんにしよう。
そう思って連れて帰ってきた、
初めましての一品だった。
ニシンといえば、私には甘露煮がお馴染み。
こんなふうに唐揚げのようにして
揚げ浸しにしたニシンは、初めていただく。
少し油をまとったニシンが、美味しい。
そして茄子に染み込んだお出汁の味が、
どこか懐かしい。
あれ?横浜で食べる朝そばの、
冷やし長茄子にのっている
茄子の煮浸しに似ている。
そう思った瞬間、ほんの少しだけ、
横浜の朝へ心が飛んだ。
今日は目玉焼きがないから、
いつも目玉焼きに添えている
ブロッコリーと焼きズッキーニ、
それからネギを十割そばの上へ。
これがまた、サラダそばのようで美味しい。
しかも、大好きな十割そば。
朝から、ちょっと嬉しくなる。
食事を終えて、再びベランダへ出た。
風に吹かれながら空を見上げていると、
もう頭の中では次の食事のことを考えている。
あのニシンと茄子の揚げ浸し、
今日までなんだよね……。
わざわざ西の方のデパートまで、
それだけを買いに行くのもねぇ。
そういえば、近くのデパ地下に、
あのお店入っていなかったかしら。
そして、そばはあと一玉。
今日の晩と明日の朝に半分ずつ。
今夜はエビフライをやめて、
また鰻の蒲焼きにしようかな。
一匹、丸ごと食べちゃおうかな。
いや、それとも半分ずつにして、
今夜と明日の朝、
二回続けて「うな十そば」にしちゃおうかな。
そんなことを考えていると、ちょっと楽しい。
今朝の私は、小さな奇跡にいくつも出逢い、
昨日までの自分より
ほんの一歩進んだような気がしていた。
だから、とても前向きな朝だった。
けれど——。
どうやら家族の心模様は、
私とは正反対だったらしい。
なんだか、むすっとしている。
怒っているのかな。
気になって、「しんどいの?」
「何か怒ってるの?」と
聞いてみたけれど、
特にそういうわけでもなさそうだった。
本当は、せっかく作った朝ごはんを囲んで、
ゆっくり、わきあいあいと過ごしたかった。
頭の中に描いていた朝ごはんとは、
ずいぶん違ってしまった。
でも、まあ、いいか。
しゃべりたくない朝だってある。
気分のすぐれない日だってある。
どうしても気が乗らないときだってある。
人の心は、人の心。
そう思って、気にせず流すことにした。
それでも——。
心を込めて、朝からあれこれ
いっぱい作ったのにな。
少し拍子抜けした。
少しがっかりした。
心の真ん中に、
ぽっかりと小さな穴が開いたような気がした。
そんな私を見つけたのだろうか。
ベランダへ出ると、
さっきの風が、また戻ってきた。
今度は何も言わない。
ただ、ふわり、ふわりと
私のまわりを巡りながら、
ぽっかり開いてしまった心の穴を、
優しく、
優しく撫でてくれる。
尖ってしまった気持ちをなめらかにして、
その穴を少しずつ
塞いでくれているようだった。
風さん、ありがとう。
思い描いた朝とは違っても、
今日という一日は、
まだ始まったばかり。
誰かの機嫌に、
私の一日まで預けなくていい。
私はそれでも、笑顔を忘れない。
自分らしく。
明るく。
輝かしく。
そして、前を向いて。
柔らかな風に髪を揺らしながら、
今日も私は、
私の一日を歩いていく。
風が心の穴を撫でる朝✨
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