こちらの町で迎えた、とりあえず最後の朝。
今日もこの町を歩けることに
喜びを感じながら、外へ出た。
すると、さあっと風が私の前を通り過ぎた。
これは、歓喜の風とでも言うのだろうか。
ちょっと大げさかもしれない。
けれど、また新しい朝を
迎えることができた私には、
本当にそんなふうに感じられた。
ウォーミングアップのストレッチをして、
深く息を吸い込む。
その瞬間、私の顔めがけて、
思いきり風が吹いてきた。
昨日の晩からずっと、
心地よく吹き抜けていた風。
その風に身体を預けながら、
私は自分自身の物語を、
ひとつひとつ鮮明に振り返っていた。
そして今朝、一番に空を見上げた。
まだ夜が明ける前。
4:00少し前。
暗闇は、こんなにも美しかったのか。
そう思ってしまうほど、空は澄みきっていた。
濁りもない。
むらもない。
ただ深く、どこまでも深く。
空の上から薄い光のベールを
一枚かけたように、
その色は、ずっと奥の方で静かに輝いていた。
風に身体を持ち上げてもらって、
この美しい闇の世界へ、
そのまま入り込んでしまいたい。
そんな気分になった。
いや――入り込みたいのではなく、
私はもう、
吸い込まれそうになっていたのかもしれない。
あまりにも美しくて。
この深い、深いところから
滲み出すような輝きは、
日の出を待つ太陽のせいなのだろう。
漆黒の闇に、
赤銅色の輝きがほんの少し混じっている。
夜でもない。
朝でもない。
どちらにも属さない、
ほんのわずかな時間。
きっと、今、
この瞬間にしか魅ることのできない
空なのだろう。
風さん。
みんな、私のもとへ集っておいで。
心の中でそう呼びかけた。
すると、建物と建物の間から。
細い路地から。
道路の向こうから。
風たちが、ひゅうっと一目散に
私のところへ集まってきた。
新しい朝を迎えようとする喜びに、
みんなで踊っているようだった。
けれど、まだ町は眠っている。
だから、誰かを起こしてしまわないように。
私だけを目覚めさせるために。
風たちは、静かに舞っていた。
音のない舞だったけれど、
その響きだけは、
私の心にしっかりと届いていた。
さあ、今日も一緒に歩こう。
歩き始めて、ふと耳を澄ませる。
あ。
こんなところに、小さな川があった。
暗がりで水面は見えない。
けれど、水の流れる音だけは、
はっきりと聞こえている。
この水は、眠ることを知らないんだ。
夜も。
朝も。
私が眠っている間も。
ずっと、ずっと流れ続けている。
そう思うと、きっとこの川は毎朝、
まだ半分しか
目を覚ましていないような顔で
歩き始める私のことを、
ここからじっと魅ていてくれたのだろう。
だったら、これから歩く時には、
この川にもちゃんと挨拶をしなくちゃね。
頬に何かが触れた。
ぽつ。
ぽつ。
ぽつり、
ぽつり。
雨、と呼ぶにはあまりにも小さな水滴。
一部は、風さんが
どこかへ吹き流して
くれているのかもしれない。
傘を差すほどではない。
涼しい風に吹かれながら、
ミストのような細かな水滴に
肌を晒しているのも、なかなか気持ちがいい。
さあ、前置きはこれくらいにして――
「千鳥」を聴こう。
もっと風を呼ぼう。
鳥を呼ぼう。
空を呼ぼう。
木々を呼ぼう。……と思っていたら、
呼んでもいない雨までやってきた。
仕方がない。
今日は、このまま濡れていこう。
たまには心の中のモヤモヤも、
雨に流してもらえばいい。
「千鳥」を聴いた。
イントロが鳴り出した、
その瞬間。私の心は風に乗り、
もう海へ向かっていた。
いくつもの海を、
ひとつずつ、
ひとつずつ、
脱ぎ捨てながら。
三回、聴いた。
リズムに乗る私の周りへ、
また風が集まってくる。
そして今日は、その風につられるように、
雨まで寄ってくる。
私が曲の世界にすっかり浸っていると、
いつの間にか風はいなくなる。
そして、忘れた頃にまた戻ってくる。
きっと風さんだって、
ずっと私にくっついて歩いているより、
ときどき私を離れて、
広い空を思いきり駆け巡りたいのだろう。
それでいい。
好きなところへ行っておいで。
私はここを歩いているから。
そして、また戻っておいで。
やがて、私のパワースポットへと続く、
緩やかな細い一本道に入った。
まっすぐ前を向いて歩く。
今日は一体、
どんな世界が私を待っているのだろう。
そう思いながら、
その先へ目を向けた。
「わあ……」思わず、声がこぼれた。
まだ誰も起きていない朝の小径で、
私はひとり、立ち止まっていた。
夜明けを連れてくる風✨
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