朝のウォーキングは7:00までに
帰るつもりだったのに、
少し遅れて7:12になってしまった。

この遅れ、どうなることやら。

そんなことを思いながら、
お風呂に入るために着ていた服を脱ぎ、
洗濯機を回そうとした、そのときだった。

「あ、ない。ない……」
首に巻いていたスポーツタオルが
ないことに気づいた。
どこで落としたんだろう。
どこで忘れたんだろう。
自分の動きを巻き戻すように、
ひとつずつ思い返してみる。

あ、そうだ。
公園のベンチで写メ日記を書いたときだ。
ベンチが雨に濡れていたから、
タオルをたたんで敷き、その上に座った。
そして、そのままタオルを置き去りにして、
歩き始めてしまったのだ。
ああ、またやった。

お店に出勤していた頃も、
よくハンカチを忘れた。
あの頃なら、
取りに戻る場所もすぐ近くだったけれど、
今日の公園はちょっと遠すぎる。
どうしよう。
私のタオルではない。
家族のタオルだ。

とはいえ、
きっと家族は、「そんなの、いいよ」と
言うに違いない。

以前、家族が二人で
コンサート巡りに夢中になっていた頃、
コンサートへ行くたびに
二人で一枚ずつ買ってきた、
細長いスポーツタオル。
毎回デザインが変わるらしく、
気づけば我が家には
同じようなタオルが二枚ずつ、たくさんある。

だから、一枚くらいなくても困りはしない。
けれど私は、
なぜかそのEXILEのタオルが気に入っていた。
水色と赤と黄色の、鮮やかな色合い。
こちらにいるときのウォーキングでは、
いつも首に巻いて歩いていた。

今日は雨。
家族を病院へ送った帰りに、
車でちょっと見に行ってみよう。
きっと、まだベンチの上にいる。
そんなことを考えながら、
朝から自分でも笑ってしまった。
やっぱり、どこかが抜けている。
それもまた、私らしい。

家族にも笑われた。
そして今日は、昨日とは違って、
家族の雰囲気も明るかった。
「7:50にご飯にするから」そう言うと、
「何か手伝うことがあれば、やるよ」
とまで言ってくれた。

手伝ってもらうと
かえって時間がかかりそうな気もしたけれど、
そんなことは言わず、
にっこり笑って、
「ありがとう。大丈夫よ」と答えた。

お風呂を沸かしている間に
朝ごはんの下ごしらえをして、
お風呂から上がり、
汗が引くまでの間に一気に仕上げる。
7:50完成を目指して、
朝から家の中をバタバタ走り回った。

今日は、とりあえず最後の朝餐。
だから、たくさん作った。
心を込めて作った。
残ったら、今日のお昼と晩に
家族が食べてくれればいい。
そんな思いもあって、
いつもより少し多めの食卓になった。

料理についての話。
今日の台風の話。
何気ない話。
いろんな会話がくるくると食卓を巡り、
朝のテーブルには明るい光が
射しているようだった。

その光の中に、私には音符が見えた。
ト音記号。
八分音符。
四分音符。
フォルテになったり、
ピアニッシモになったり、
メゾピアノになったり。
賑やかになった音は、
やがて少しずつテンポを落とし、
穏やかな曲へと変わっていった。
そして、朝ごはんは終わった。

片づけも、言葉にしなくても
自然な役割分担で、
すんなりと終わった。
こうして、とりあえず最後の家族との朝餐は、
静かに幕を閉じた。

洗濯物を干そうかと思ったけれど、
もう一回洗濯機を回す予定だったので、
病院へ送って帰ってきてから干すことにした。

それからベランダへ出て、外の様子を見た。
雨は、いったん上がっているようだった。
けれど空は、
またいつ降り出しても
おかしくない色をしている。
台風の情報も確認した。

すると、そこへ私の風がやってきた。
そして、もうひとつ。
横浜の風も、迎えに来てくれた。
「大丈夫。今日は風に乗って、
横浜まで無事に行けるよ」
そんなふうに言ってくれている気がした。

私の風も、横浜の風も、
どちらも私の出発を待っている。
けれど私の心は、
まだ横浜へ向かう余白をつくれずにいた。

朝の家族との時間が、
あまりにも素敵だったから。
心の中には、
まだこの街の空気がいっぱい残っていた。
もし時間が合うなら、
病院まで迎えにも行ってあげたい。
そんなことまで思っていた。

家族を病院で降ろしたあと、
私は一目散に、
タオルを置き忘れた公園へ車を走らせた。

あった。まだ、あった。よかった。
私のお尻が離れたあと、
ひとりベンチに残されたタオルは、
どうやら雨に打たれていたらしい。
ずっしりと濡れていた。

もともと私の思い出の
タオルだったわけではない。
けれど、こちらにいる間のウォーキングでは、
いつも一緒だった。
だから、少しだけ思い入れがある。

そして今日、迷子になって、
それでも無事に戻ってきた。
その瞬間から、
このタオルはきっと、
私にとって本当の
思い出のタオルになったのだと思う。

風も一緒に喜んでくれていた。
「見つかってよかったね」そんなふうに。

横浜の風は、
いつの間にか私の風と一緒にいるみたいだ。
その横浜の風をかすかに感じながらも、
まだ私の頭の中はこちらの街にいる。
胸の中も、
心も、
まだこの街にいたがっている。

横浜の風さん。
もう少し、待っていてね。
私の心に、横浜へ向かう余白ができるまで。
さあ、家に帰ったら洗濯物を干そう。
そして、荷物まとめの仕上げをしよう。
心はまだこちらに残したまま。

それでも少しずつ、
風に乗る準備を始めよう。