横浜の風に歓迎され、
嬉しさいっぱいだった。
風が私を迎えてくれた。
鳥が私を迎えてくれた。
木々が私を迎えてくれた。
そして、見上げた空までが、
久しぶり、
と微笑んでくれているようだった。
風が運んでくる、かすかな海の香り。
ああ、横浜に帰ってきたんだ。
その香りを胸いっぱいに吸い込みながら、
もう明日の朝のことを考えていた。
明日も、朝歩きに行きたいな。
イヤホンから流れていたのは「千鳥」
歩いているうちに、
いつの間にか私は千鳥の世界へ
どっぷりと入り込んでいた。
風と海と空。
そして、そのなかを歩いている私。
そんな世界に心を預けたまま
待ち合わせ場所へ近づくと、
少し先にあなたの姿が見えた。
あっ、いた。そう思った瞬間、
あなたも私を見つけてくださった。
こちらを見て、手を振っている。
嬉しくなって、
私はあなたのそばへ駆け寄った。
あなたは軽く手を挙げて、
「おかえり」そう言ってくださった。
そのひと言が、
思いがけないほど胸の奥に響いた。
「ただいま」
考えて口にしたわけではなかった。
あまりに嬉しくて、
自然にこぼれてしまった言葉だった。
横浜の風に迎えられ、
そしてあなたにも「おかえり」と迎えてもらう。本当に、帰ってきたみたい。
それから、前にお逢いしたときに
話してくださっていた、
あなたおすすめのお店へ
連れて行っていただいた。
初めての野毛飲み。
どんなお店なんだろう。
どんな夜になるんだろう。
ワクワクとドキドキを胸に
扉をくぐったけれど、
そこに待っていたのは、
私が想像していた野毛飲みとは
少し違う世界だった。
季節を映した、丁寧なお料理。
旬のものを、
いちばん美味しい姿で味わわせてくれる。
ひと皿、またひと皿といただきながら、
ふと、ある言葉を思い出した。
粋を味わい、粋に楽しむ。
まさに、そんな時間だった。
美味しいものをただ食べるのではなく、
季節を味わう。
お酒をただ飲むのではなく、
その場の空気ごと楽しむ。
そして何より、あなたとの会話を楽しむ。
お料理を挟んで向かい合い、
笑ったり、話したり、
ときには少し深いところまで
言葉を交わしたり。
会話を重ねるたびに、
あなたとの距離が
少しずつ近づいていくように感じた。
それが、たまらなく嬉しかった。
お店をあとにして、二人でホテルへ向かった。
二人だけの空間になっても、
私たちはたくさん話をした。
そして、あなたに
ぎゅっと抱きしめられた瞬間、
胸がドキドキと高鳴った。
さっきまで向かい合って話していたあなたが、
今はこんなにも近くにいる。
優しく触れられるたび、
心までほどけていくようだった。
私もあなたに触れる。
「気持ちいいよ」
そう言ってくださった、
そのひと言が嬉しかった。
けれど、きっと――
私のほうが、
ずっとたくさん幸せを感じていたと思う。
楽しい時間ほど、
時計は意地悪なくらい早く進んでいく。
あっという間に過ぎてしまったのに、
また延長までしてくださった。
ありがとう。
あなたの腕枕のなかで、
あなたに触れながら、また話をする。
話して、笑って、抱きしめ合って。
何か特別なことをしなくても、
すぐそばにあなたがいることが嬉しかった。
ふと隣を見る。
あなたの顔がある。
手を伸ばさなくても届くほど近くに。
吐息さえ感じられそうな距離に、
あなたがいる。
そのことが、たまらなく幸せだった。
まるで――
真夏の夜の夢。
醒めてしまうのが惜しい夢を、
二人で見ているようだった。
やがて、お別れの時間が来た。
また、お逢いできることを
楽しみにしています。
ホテルを出ると、
辺りはもうすっかり夜の色に包まれていた。
すると、すーっと気持ちのよい風が吹いてきた。私のそばへやってきて、
くるりと回り、また戻ってくる。
ふわふわと。
ひらひらと。
まるで風まで踊っているみたいだった。
嬉しかったんだね。
私がこんなにも幸せだったことを、
横浜の風は全部知っていたのかもしれない。
横浜へ着いたとき、私を迎えてくれた風。
鳥も、木々も、空も、海の香りも、
みんなで「おかえり」と迎えてくれた。
そして、あなたも言ってくださった。
「おかえり」
私は答えた。
「ただいま」
その言葉から始まった、
横浜ステイ最初の夜。
今度は幸せいっぱいになった私のまわりで、
風が楽しそうに舞っている。
私はその風に髪を揺らされながら、
ゆっくり夜の街を歩いた。
まだ胸の奥には、
あなたのぬくもりが残っている。
そして耳の奥には、
あのひと言が残っている。
おかえり。
横浜に帰ってきた夜。
あなたのもとへ帰ってきたような夜。
真夏の夜の夢は終わったはずなのに、
私の心だけは、まだ夢の続きを歩いていた。
おかえり、と風が言った夜✨
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