五日ぶりの朝ウォーキングを
楽しみに眠ったはずなのに、
うっかり二度寝してしまった。
目を覚ませば、いつもより40分遅れ。
自分時間をゆっくり取っているのだから、
それくらいどうってことはない。
それなのに「朝そばの時間が」と思った途端、
焦る、焦る。
あれこれ時短コースを考えながら、
とにかく歩き始めた。
外はもう明るかった。
太陽は雲の向こうに隠れている。
それでも、ゆるやかな風が
海の方から私を誘っていた。
さあ行こう。
海を脱いで。
横浜の風が導くまま歩いていると、
海へ近づくほど風が強くなってきた。
気持ちがいい。
木々は、空は、鳥は――。
ふと、千鳥の世界に
迷い込んだような気持ちになって、
頭上を見上げた。
等間隔に並ぶ街路樹。
ずっとイチョウだと思っていたのに、
よく見ると葉の形が違う。
これは何の木だろう。
風に揺られた小さな葉が、
隣の葉と触れ合いながら、
さやさや、さやさやと囁いている。
気になって写真を撮り、調べてみた。
最初はカツラかと思った。
でも、カツラなら葉はハート形らしい。
アプリに尋ねると、
アキニレ。
隣を撮ればケヤキ。
さらにヨーロッパニレ、
アメリカニレ……。
一体どれなの、と可笑しくなりながら、
何枚も写真を撮った。
どうやら一番多く現れた答えは、
アキニレだった。
そして、その小さな葉と葉の隙間から、
青い空と朝の光がこぼれている。
綺麗……。
そのとき気づいた。
これは、40分寝坊したから見えた景色なのだ。いつもの時間なら、
この道はまだ暗い。
葉の形など気にも留めず、
全部イチョウだと思ったまま
通り過ぎていただろう。
寝坊も悪くない。
木々がさやさやと揺れながら、
「お帰り」と言っているようだった。
海からまっすぐやってくる風も、
「お帰り。早く海へおいで」と、
私を木のてっぺんまで
吹き上げようとしているようだった。
新港中央広場では、
ひまわりとサルスベリが相変わらず
可愛らしい笑顔を見せている。
お帰り。
お帰り。
花々にも迎えられながら
赤レンガ倉庫の間を抜け、海へ向かった。
風が、ますます強くなる。
そして、やっと海にたどり着いた。
一斉に風が吹いた。
お帰り。
お帰り。
お帰り。
波までが少し大きく身体を揺らしながら、
次々と岸へ押し寄せてくる。
鳥が鳴き、
緑の木々が揺れている。
ああ、やっと帰ってきた。
ただいま。
ただいま。
ただいま。
岸壁の柵に沿って、
横浜の海を見ながら歩いた。
風は私の周りを舞い、
ときには大きく踊る。
その周りでは、
いくつもの小さな風が
バックダンサーのようにくるくると踊っていた。
雲の向こうには太陽の気配。
雲の一部が、
ほんのり赤金色に染まっている。
いつも以上に、横浜の海が大きく見えた。
風が私を呼んでいる。
鳥が私を呼んでいる。
木々が私を呼んでいる。
雲が私を呼んでいる。
そして、横浜まで一緒にやってきた風も、
ここで待っていてくれた風も、
みんな手をつないで
私の周りをぐるぐると回り始めた。
また、歓迎セレモニーだ。
私は千鳥の歌に合わせるように、
大きく両手を広げて、
風と一緒にくるくる回りたくなった。
回りながら一枚。
また一枚。
さらに一枚。
纏っていた衣を脱いでいく。
最後に残るのは、
素の私。
ピュアな私。
何も飾らない、
清らかな心だけ。
昨夜から始まった横浜ステイ一日目。
真夏の夜の夢のような時間が、
走馬灯のように頭の中を巡った。
みんなが、そしてあなたまでもが、
「お帰り」と言ってくれた。
私は不思議なくらい自然に、
「ただいま」と答えていた。
その優しい余韻だけを胸に残して、
素敵な思い出は心のサンクチュアリへ、
そっとしまっておこう。
そして私は、パワースポットへ向かった。
大さん橋に入ると、
海からの風が一段と強くなった。
ひとつ、
またひとつ。
次々と私に飛びつき、抱きついてくる。
私も両手を大きく広げた。
風の鼓動が聞こえる。
風の吐息を感じる。
髪が大きく吹き上げられる。
海は、こんなにも広かったのか。
こんなにも果てしなく続いていたのか。
前から、右から、左から。
あらゆる方向から風がやってくる。
ひゅう。
ひゅう。
ひゅう。
いくつもの風が重なって
奏でるメロディを聴きながら、
パワースポットにたどり着いた。
大きく、深呼吸。
心にあったもやもやは、
いつの間にか風に洗い流されていた。
風が持っていったのは、いらないものだけ。
大切なものだけが、ちゃんと残っていた。
また私は、新しい私になった。
柵に背中を預け、ゆっくり空を見上げる。
私が風に包まれながら見つめた空。
辺りは曇り空だった。
けれど、その灰色の雲の中に、
ぽっかりと開いた場所があった。
そこには、
透き通るような空色が広がっていた。
そして、その中に、
輝くような白い雲が浮かんでいる。
不思議だった。
辺りは雲に覆われているのに、
そこだけが、なぜか光り輝いて見えた。
しばらく、ただ見つめていた。
もしかしたら――。
あれが、
私の言う「心のサンクチュアリ」
だったのだろうか。
風にいらないものを洗い流してもらい、
大切なものだけを残した今の私。
そんな私の心が、
あの空の風景を描き出したのかもしれない。
昨夜の素敵な思い出を、
そっとしまっておこうと思った
心のサンクチュアリ。
それは、どこか遠くにある場所ではなく、
私の心の中にあって、
今、目の前の空となって
現れたのかもしれない。
そう思うと、空を見上げている私自身が、
少しずつその光の中へ
溶け込んでいくような気がした。
そこへ、ぽつり。
また、ぽつり。
雨まで落ちてきた。
風も、
海も、
空も、
雲も、
雨も。
すべてに包まれている。
まるで私は今、
大きな風のゆりかごに乗って、
ゆっくり揺られているようだった。
40分寝坊して始まった、五日ぶりの朝。
でも、その40分があったから、
今まで知らなかった木々の顔を知り、
今までとは違う光を見つけ、
こんなにも大きな海に迎えられた。
そして、
心の中にしかないと思っていた
サンクチュアリを、
空の中に見つけることができた。
だから、これでよかったのだ。
ただいま、横浜。
ただいま、私の風。
そして――
ただいま、私の心のサンクチュアリ。
今日もきっと、
素敵な一日になる。
ただいま、風のサンクチュアリへ✨
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