馬車道にさしかかり、
関内ホールあたりにある、
私の専用ベンチに腰を下ろした。
いつもなら、朝そばを食べ終え、
お腹いっぱいになった体を
少し休ませるために座るベンチ。
なのに今朝は、
歩き始めてまだ間もないというのに、
もうここに座っている。
なぜだろう。
歩きながら、
次から次へと言葉が浮かんできた。
文章が浮かんできた。
だから、
消えてしまわないうちに
まとめておきたくなったのだ。
それはきっと、
今朝はパン屋さんへ行くのを
楽しみにしているからでもあったと思う。
お店が開くのは7:00。
このままのペースで歩いていけば、
おそらく7:00前に着いてしまう。
それを私の体はちゃんとわかっていて、
無意識のうちに
ここで時間調整をしていたのかもしれない。
日記をアップし終え、
再び海へと向かった。
天気予報を見ると、
どうやらこの時間がいちばん危ないらしい。
雷雨の可能性あり。
豪雨の可能性あり。
本当なら、もう一時間
ずらした方がよかったのだろう。
でも、私にはそれができなかった。
雨にも負けず。
風にも負けず。
雷雨にも負けず。
そんなふうに意地を張って、
突っ走っているわけではない。
ただ、純粋に魅たかった。
私の大好きな朝の風景を。
朝の光を浴びたかった。
朝の風に乗って、一緒に歩きたかった。
ただ、それだけなのだ。
歩き始めると、
昨日見つけたアキニレの木が目に入った。
美しい。
昨日のように光を浴びて
輝いている美しさではない。
曇り空の下で、
濃く、さらに濃く。
静かな緑。
その深い色で、しっかりと存在感を放っている。
昨日、新しく知ったことがあるからこそ、
今日はアキニレとイチョウの違いを
確かめるように、
一本一本の木を魅つめながら歩いていた。
風が吹いてきた。
また、風が吹いてきた。
ひとつ、ふたつと私の周りへ集まってきて、
くるくる回りながら体を包み込んでくれる。
「おはよう」
「おはよう」
「おはよう」
それぞれの風が、
私に声をかけてくれているようだった。
「おはよう。今日も一日、一緒に歩こう」
緩やかな坂道を、
港へ向かって上っていく。
ヒュー。
ヒュー。
音とともに、だんだん風が強くなってきた。
髪がたなびく。
ウェアがパタパタと揺れる。
風に揺さぶられながら歩くのが、
たまらなく気持ちいい。
信号で立ち止まった。横断歩道の向こう。
新港中央広場の入り口に咲いている
ひまわりたちが、一斉にこちらを向いている。
まるで、私に手を振ってくれているみたい。
「おはよう。
今日もあなたらしく、前を向いて」
そんな言葉と一緒に、
元気をもらったような気がした。
その一方で、
サルスベリは少しずつ花を落とし、
色も淡くなり、
どこか儚げな姿で立っていた。
限りある命。
そう思うと、少し寂しくなる。
でも——限りがあるからこそ、
愛でるときに愛でたい。
愛でられるときに、愛でられたい。
感じられるときに、感じていたい。
触れられるときに、触れていたい。
それが、季節を感じる心なのかもしれない。
移ろっていくからこそ美しい。
それこそが、季節の変化を味わう
風雅なのではないだろうか。
そして、海に着いた。
『千鳥』が聴きたくなった。
馬車道で感じる海からの風よりも、
海から直接もらう風の方が、
なぜだかずっと清々しく感じる。
同じ風なのに。
なぜだろう。曲を聴きながら、
ふと思った。
私は、ここへたどり着くまでに、
いくつの海を脱いできたのだろう。
やっぱり、この曲はいい。
このロケーションに、
この風景に、
そして大自然の恵みに包まれた今の私に、
とてもよく似合う。
海からまっすぐ私へ向かってくる風。
そこに感じる、自然の神秘。
恵み。
神。
仏。
癒し。
浄化。
清らかさ。
目を閉じれば、
そんなものに包まれながら歩いてきた、
これまでの私の軌跡まで
浮かんでくるようだった。
その香りを含んだ風を、
体いっぱいに浴びたくなった。
曲に合わせて両手を高く上げ、
空を仰ぐ。
風をしっかり受け止めるように。
今ここにいる喜びを、
そのまま体で表すように。
くるくる、くるくる。
回りたい気分だった。
雨に濡れたデッキを踏みしめる。
キュッ。
キュッ。
キュッ。
一歩ずつ。一歩ずつ。
私がたどり着きたい場所へ近づいていく。
そのことが、たまらなく嬉しい。
ドキドキする。わくわくする。
今日の風景は。
風は。
太陽は。
雲は。
海は。私
に最初に、どんな言葉をかけてくれるのだろう。
私のパワースポットへ向かう、
一直線の道。
進むにつれて、風はさらに強くなった。
ヒューッ。
疾風のように、勢いよく私のもとへ駆けてくる。そこに、力を感じる。
躍動を感じる。
私は帽子を脱いだ。
汗を含んだ髪が、
風に洗われていく。
乾かされていく。
首を振った。
そして、空を魅上げた。
ああ。この感覚。
まるで、私まで風の中に浮かんでいるみたい。清々しい。
そして、背中から
勢いをつけてもらったような気がした。
その瞬間、ひとつの言葉が浮かんだ。
風、走る。
風に吹かれ、
いくつもの海を脱ぎ、
今、ここに立つ。
風、走る。
すべてを脱いだ私の心に、
また、いくつもの、
いくつもの、
新しい気づきという風を。
感動という風を。
吹き込んでいきたい。
そして今日という一日を、
思いっきり、風とともに駆け抜けていきたい。
そんな思いとともに、
今日の私の一歩が始まった。
新しい物語が、今、始まった。
そのときだった。
厚い雲の隙間から、
突然、太陽の光が差し込んできた。
まるで、「行っておいで」そう言いながら、
今日を歩き始めた私へ、
エールという名の輝きを
送ってくれているようだった。
風、走る✨
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