お客様が少し早めに
ホテルへ入られたようなので、
私もいつもより早く待機所を後にした。

外へ出ると、いつの間にか雨が降っていた。
「あら、全然知らなかった」
慌てて折りたたみ傘を取りに戻る。

15:40頃から眠り、
17:00少し前に目が覚めた。
ほんの1時間20分ほど。
それでも頭は驚くほどすっきりしていた。

雨のせいか、
外の風は半袖の肌には少し冷たい。
けれど、ずっと続いていた暑さで
乾いていた街には、
その冷たささえ心地よかった。

しっとり濡れた大通り公園の木々。
雨をまとった緑は、
水の透明なオーラを纏ったように、
いつもより透き通って輝いていた。
濡れた路面も、雨の街並みも、私は好きだ。

傘の中へ風さんがふわりと入り込んできた。
「じゃあ風さん、私行ってくるわ」
「行ってらっしゃい。
楽しみにしていた時間だったんでしょ」
「そうよ。よくわかってるのね」

風さんと別れ、次のドアが開いた。
そこには、いつもの優しく温かな笑顔。
右手を少し挙げて、「よっ」
とでも言うようないつもの仕草。
「わ、嬉しい。久しぶり」
「よろしくね」その顔を見ただけで、
ほっとした。

二人の時間は、いつも自然に流れ始める。
「まずはゆっくりお風呂に入って、
さっぱりして」
その言葉に甘えて、一人のんびり温泉気分。
お風呂から出ると、
いつものように
キンキンに冷えたハートランド。
目の前には枝豆と生ハム。

まずは乾杯。逢えなかった間のことを
話し始めると、
今日はなぜだか話題が尽きなかった。

そして、いつものカラオケタイム。
「これ好きな曲」
「これは練習曲」
次々とかけてくださる曲に、
私はすっかりその気になって歌う。
夢中になりすぎて、
ときどきマイクを間違える。

「君は白、僕は黒」
そうだった。
私のマイクは白。
今日は、毎朝聴いていた
『千鳥』も初めて自分で歌った。
聴くのと歌うのではまるで違う。
まだ少したどたどしい。
それでもいつか、
あの歌をもっと伸びやかに、
爽やかに、心へ響くように歌えたらいい。
そんなことを思いながら、
二人の時間はさらに熱を帯びていった。

熱く、激しく、
骨まで溶けてしまいそうなほど抱かれながら、
私の心までテキーラのように熱く燃えていく。
その腕の中で、
心潤う真夏の夜の夢を見た。

やがて訪れた、別れの時間。
離れがたい気持ちが顔に出ていたのだろうか。「また来るよ」
「うん。また待ってるね」
そう答えて、あなたと別れた。

外へ出ると、ひんやりした空気が
お風呂上がりの身体に気持ちよかった。
大通り公園のベンチに腰を下ろし、
まだ身体のどこかに残っている
あなたとの夜を感じながら、
日記を書き始めた。

雨が、またポツリ、ポツリ。
そして風さんがふわりと戻ってきた。
「あなたの顔、
満たされた思いでいっぱいって
言ってるみたいよ」
「そうなの」

今夜のことを思い返しているうちに、
ふとテキーラの色が浮かんだ。
透明な無色から、淡い黄金色へ。
黄金色から、深い琥珀色へ。
そしてさらに深く、マホガニーへ。

不思議だった。
その色の移ろいが、
まるであなたと過ごした時間
そのものに思えた。
ドアが開いた瞬間の、
何も飾らない透明な嬉しさ。
乾杯し、笑い、歌ううちに
灯っていった黄金色。
あなたの腕の中で熱を帯び、
深くなっていった琥珀色。
そして別れたあとも消えることなく、
静かな余韻となって心に残った、
深いマホガニー。

色が濃くなるほど、
心まで満たされていった。
今夜のマホガニーは、寂しさの色ではない。
楽しかったことも、
熱かったことも、
離れがたかったことも、
また逢えるという小さな約束も、
すべてを溶かし込んだ色。

やがてその色は、
雨に濡れた街を包む夜の闇へ、
ゆっくりと溶けていった。
まるで、あなたと過ごした時間を、
私の心の中へそっとしまうように。