4:30、アラームが鳴った。
眠たい目をこすりながら
布団の中でぼんやりしていると、
9分後、スヌーズにいやおうなく起こされた。
テレビをつけると、
『暴れん坊将軍』の最後を
少しだけ観ることができた。
若い頃の颯爽とした
将軍様が好きだったけれど、
いつの間にか年を重ね、
今はずいぶん貫禄がある。
その円熟した姿に、
昨日、自分自身に感じた「年輪」が重なった。
水をごくごく飲み、5:10、外へ出た。
風さんがゆっくり近づいてくる。
風が通るたび、木々が揺れる。
眠っていた木たちは、
両腕を空へ伸ばしながら、
大きなあくびをしているようだった。
やがて正面から吹いてきた風に顔を洗われ、
眠気が一気に飛んでいく。
見上げた小さな空は、ほとんど真っ白。
けれど、その裾にだけ
何筋ものピンクゴールドが淡い層を創っていた。
昨日のときめく時間。
ときめいた私の心。
そんな余韻まで、
光になって空へ滲み出したようだった。
関内駅の近くまで来ると、
今度は派手な光が目に飛び込んできた。
四角い看板の縁をくるくる回る光。
昔の『のど自慢』で、
得点が出る直前のドキドキする数字のようだ。
そういえば、この店には以前、
ウォーキングの帰りによく立ち寄った。
朝5時から食べられるお粥。
そして「命がけで餃子を作っています」
とまで掲げられた餃子。
そこまで言われたら
食べないわけにはいかない、
と朝から餃子まで食べた。
ニンニクなしの四種類を全部。
けれど、お粥も餃子も、
いろいろ食べた末に心に残ったのは、
結局、一番シンプルなものだった。
――シンプルが、一番いい。服もそう。
食べるものもそうなのかもしれない。
余分なものを足さないから、
本来の味が分かる。
素材が分かる。
だしが分かる。
そう考えていたら、
「五感を研ぎ澄ます」という言葉まで
違って聞こえてきた。
研ぎ澄ますとは、
何かを足すことではなく、
むしろ余分なものを取り去ること
なのではないだろうか。
ただ魅る。
ただ聞く。
ただ嗅ぐ。
ただ触れる。
ただ味わう。
他人の思惑も、世間のしがらみもいらない。
自分の五感で受け取ったものを、
そのまま心へ通してあげればいい。
そう思った途端、耳が虫の声を拾った。
ジジジジ。
チチチチ。
『虫のこえ』が心の中で流れ始める。
朝焼けのピンクゴールドだったはずの光まで、
いつの間にか赤銅色に魅えてきた。
まだ夏なのに、
私の心だけがひと足先に
秋へ行ってしまったらしい。
朝なのに秋の夕暮れ。
なんだかおかしくて、少し笑った。
でも、これでいい。
目の前にあるものを拾って、
色を変え、
季節を変え、
記憶まで連れてきて遊ぶ。
心遊び。
今朝ふっと生まれたその言葉が、
妙にしっくりきた。
風に揺れる枝先の小さな葉たちは、
誰が一番美しく舞えるのか
競っているように魅えた。
そして枝の付け根には、
私の手のひらより大きな葉。
天狗のうちわみたい。
すると突然、遠い記憶の扉が開いた。
昔、あるイベントで天狗のうちわが欲しくて、
これと同じ形の大きな葉を
見つけたことがあった。
早朝の暗がり、ガードレールによじ登り、
手を伸ばして一枚いただいた。
今思えば、なんてことをしていたのだろう。
その頃は木の名前なんて知らなかった。
興味さえなかった。
ただ、天狗のうちわが欲しかっただけ。
何十年も経った今、
初めて名前を知った。
ユリノキ。
一枚の葉が、
何十年も眠っていた記憶を連れてきた。
目の前の風景と遠い記憶が重なり、
新しい映像になって心の中を流れていく。
これもまた、心遊びなのだろう。
やがて海へ出た。
朝最初に魅た小さな空が、
ここでは果てしなく広がっている。
ピンクゴールドの光。
その上に重なる白いベールのような黄金色。
そして、その色が途切れるあたりから、
突然、水墨画のような風景が
横へ長く伸びているように魅えた。
山。
その裾野に続く海岸線。
打ち寄せる波。
色は、ピンクゴールドとグレーだけ。
人は誰もいない。ただ山があり、
海があり、
光がある。
あまりにもシンプルだった。
だからこそ、美しかった。
目が離せなかった。
「風さんにも魅える? あの風景」
風さんがそっと横を通り抜けた。
「うん、魅えるよ。なんだろうね、あれは」
なんだろう。
幼い頃に魅た景色ではない。
今朝、突然思いついて創ったものでもない。
これまで私の心に染み込んできた光、
色、音、記憶、感動。
それらが何かをきっかけに
心の奥から溢れ出し、
いつの間にか一つの風景を創っていた。
原風景ではない。
私の心の源から生まれた、源風景。
突き詰めてシンプルを求めた先に、
こんな世界が待っていた。
何も飾らなくていい。
内側から滲み出す光だけでいい。
ふと、相田みつをの言葉を思い出した。
美しいものを、美しいと思える心。
そうか。
今の私の心は、とてもシンプルなのだ。
そしてようやく、大さん橋の先端。
私の心のサンクチュアリーへ辿り着いた。
いつもなら、ここで風景をじっと魅ながら、
少しずつ無になっていく。
でも今日は、不思議なほど静かだった。
無になろうとしなくていい。
ここへ来るまでに、
余分なものはいつの間にか剥がれ落ちていた。
空っぽになろうとしたのではない。
自然体で歩いていたら、
心が自然に空いていた。
そして空いた心には、
何もないどころか、
たくさんのものが入ってきた。
風。
虫の声。
木々。
遠い記憶。
ピンクゴールドの光。
そして、あの源風景。
今、心の中の私は、
その風景に寝転がっている。
両手を広げ、
空を魅る。
海を魅る。
山を魅る。
まだそこには、
ピンクゴールドとグレーしかない。
それでいい。
今日はこれから、
この風景に私の色を一色ずつ重ねていこう。
逢う人の色。
交わす言葉の色。
ときめきの色。
驚きの色。
そして、人の息吹も吹き込んでいこう。
一日の終わり、
私の心はどんな風景を創っているのだろう。
その中に佇む私は、
どんな表情をしているのだろう。
今から、それが楽しみでならない。
さあ、私の一日を始めよう。
真っ白な今日というページに、
まず最初の一筆を。
心の源から生まれたこの風景を、
今日という物語の序章にして。
心の源に風景を創る✨
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