私は風景を魅ていたのではない。
歩きながら余分なものが
少しずつ削ぎ落とされ、
残った五感が、
そこにあるものをただ受け取っていた。
今朝は風を呼ぼうともしなかった。
鳥を探そうともしなかった。
空から何かを拾おうとも、
心の扉を思い切り開こうともしなかった。
ただ自然に、前へ進んでいただけ。
それなのに、
これまで心に染み込んできた
光、風、音、記憶が、
何かをきっかけに胸の奥から溢れ出し、
いつの間にか一つの源風景を創っていた。
私が風景を魅ているのではなく、
私の中から風景が生まれていた。
天空にその風景が映し出された瞬間、
胸の奥から感動がこみ上げた。
そして不思議なほど、
言葉も次々と溢れてきた。
帰ってから文章にしようと思っていたのに、
待てなかった。
ベンチに座り、そのまま日記を書き始めた。
言葉を重ね、
画像を創り、
自分の心の中にあったものが
一つの形になっていく。
少し女神のようになってしまったけれど、
それもいい。
透き通った私の中から、
風景が生まれている。
出来上がった文章と画像を眺めながら、
私は満足感の中にどっぷり浸っていた。
ああ、今日の朝は、
全部ばっちり決まったみたい。
心まで透き通り、ふわっと弾んだ。
もう今日は、
心の奥へ続く階段を下りなくていい。
何かを探しに行かなくてもいい。
このまま、まっすぐ帰ろう。
この世界を感じたまま。
ふと時計を見ると、7時を少し回っていた。
あ、そうか。
もうパン屋さんでパンを買わなくても、
カフェが開いている。
あるカフェを思い出した。
その瞬間、
さらに別の記憶がひょいと顔を出す。
そうだ、パニーニ。
以前よく立ち寄った、
私の好きなパニーニのお店。
あそこも7時から開いていたはず。
今日の朝ごはんは、パニーニにしよう。
弾む足で店へ向かうと、
どうやら私が一番のお客さんだった。
ハムとチーズのパニーニにしようか。
クロックムッシュにしようか。
少し迷って、
今日はクロックムッシュ。
パンに、ハムとチーズ。
考えてみれば、
なんてシンプルな食べものなのだろう。
いろいろなものを挟まなくてもいい。
焼いたパンの香ばしさがあって、
ハムの塩気があって、
そこにチーズがとろりと重なる。
それだけで、おいしい。
しかも、ここのクロックムッシュは
食パンではなく、
私の好きなパニーニで作られている。
なんだか今朝の私みたい。
余分なものを足さなくても、
そこにあるものを、そのまま味わえばいい。
朝のお粥もそうだった。
餃子もそうだった。
そして今、
手に提げているクロックムッシュもそう。
結局、
私の心が今朝ずっと辿ってきたところへ、
朝ごはんまで戻ってきた。
シンプルが、一番いい。
それは、何もないということではない。
余分なものがないからこそ、
一つ一つの味がわかる。
一つ一つの色が魅える。
小さな音まで聞こえてくる。
今朝、私の心が創った源風景も同じだった。
ピンクゴールドとグレー。
海と山。
風と光。
それだけ。
なのに、あんなにも心が震えた。
もしかしたら本当に心を動かすものは、
たくさんの飾りを纏ったものではなく、
最後まで削ぎ落とした先に
残るものなのかもしれない。
手に提げたクロックムッシュが、
なんだかますます愛おしくなった。
風さんが、ふわふわふわふわとやってきた。
「風さん、なんか私、すごく気分がいいの」
袋を少し持ち上げる。
「それに、このクロックムッシュ。
食べるの楽しみ。久しぶりだもんね」
風さんと一緒に歩いているうちに、
私の足はいつの間にか大岡川へ向かっていた。
久しぶりの川沿い。
水辺を歩きながら、
今度は
今日これから逢うあなたのことを思った。
14時から、また長い時間を一緒に過ごせる。
語り合える。
きっとあなたは、
今朝一番に書いた私の源風景の物語を
読んでから来てくださるのだろう。
ならば今日、
あのピンクゴールドと
グレーだけだった風景に、
また新しい色が加わる。
あなたと交わす言葉の色。
笑う時間の色。
心と心が触れ合う色。
そうやって少しずつ距離が
縮まっていくことを楽しみにしながら、
久しぶりの大岡川を歩いた。
今朝、心の源から生まれた風景は、
もう私の胸の中だけにはいない。
私はその源風景を連れて、
今日という一日の中へ歩き始めていた。
源風景を連れて✨
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