心のサンクチュアリーを目前にして、
いつもの場所へ立とうとした。

けれど今日は、そこにも先客がいた。
少しだけ残念。

でも、その人の背中を魅つめているうちに、
ふと思った。

ここに立つのは、私だけではない。

その人にはその人の今日があり、
ここへ来るまでに歩いてきた時間があり、
笑った日も、
迷った日も、
きっとあったのだろう。

私にも、私の物語がある。

人と人との出逢いというのは、
そんなそれぞれの時間が、
長い流れの中でほんの一瞬だけ、
触れ合うことなのかもしれない。

そう思ったとき、
ベイブリッジの向こうから、
ピンクゴールドの光が差し込んできた。

やわらかくて、あたたかい光。

それが、これまで出逢ってきた
人たちの温もりのように思えた。

風さん。今朝はずいぶん遠くまで旅したね。

街を歩きながら、
明治へ飛び、
水鏡に記憶を映し、
漆黒の世界へ風を通し、
空の紋に自分の心を重ねた。

風に吹かれ、
風に乗り、
風に抱かれながら。

心だけが時代を駆けていた。

けれど、そんな旅を重ねるほど、
なぜか私は「今」へ戻ってくる。

五感が少しずつ研ぎ澄まされ、
風の匂いも、
雨の音も、
人の気配も、
いつもよりくっきりと心へ届く。

探検とは、
知らない場所へ
行くことだけではないのだと思う。

街を知る。
時代を知る。
人の営みを知る。
そして、自分の心を知る。

そんな小さな探検を重ねていくことが、
いつか人生という大きな冒険になってゆく。

せっかく横浜にいるのだから。

この街をもっと歩こう。

この街に流れてきた時間を、
もっと感じてみよう。

そこに生きた人々の思いや知恵を、
もっと知ってみよう。

そして、いつかどこかで、
その物語の続きを生きている誰かと
ふと出逢うことがあるかもしれない。

「風さん、今朝はありがとう」
そう言って、
私はようやく地上へ降りてきた。

今日という名の、私の一日に。

大さん橋の、
私が勝手に「出口」と呼んでいる場所から、
新しい一歩を踏み出す。

ぽつり。また、ぽつり。
雨が降り始めた。

けれど今朝の私は、
その雨さえ少し嬉しかった。

今日という白い余白に、
最初の一滴が落ちたようだったから。

ここから先、
どんな色が加わってゆくのだろう。
どんな風に出逢い、
どんな心が揺れるのだろう。

今日の主人公は、私。
そして――モリリン。

心の旅を終えて、
今度は今日という一日を探検しに行こう。

風に乗り
時を旅して
還り来て
雨一滴に
今日をひらかむ

— Morimura