14時10分。
アラームの音で目を覚ました。
ちょうど1時間近く眠れたことになる。

青い炎の世界からそのまま漆黒へ沈み、
ほんのひととき眠りの底を
漂っただけなのに、
目を開けると頭の中は
ずいぶんすっきりしていた。

さあ、支度をしよう。
14時30分からご予約をいただいている。
身支度を整え、ホテルへ向かう。

「風さん、風さん。そこにいるんでしょ」
「いるよ」
「なんだか今日は一日、雨みたいね。
それに寒そうだし。
台風もやってくるみたいやし。
ほんと、雨の日が多いなあ」
「でも、雨の風情も好きなんでしょ」
「そうなのよね」
思わず笑ってしまう。

雨は嫌いではない。
濡れた街の匂いも、
光を映す路面も、
いつもより少し静かになる空気も好きだ。

「じゃあ風さん、行ってくるわ」
そんなふうに風さんに見送られながら、
私は今日最初のドアへ向かった。

そして——本日最初のドアが開きました。
爽やかな笑顔の素敵なあなたが、
迎えてくださった。

初めてお逢いしたはずなのに、
どこか柔らかい。
何かひとつ特別なことをされたわけではない。
けれど、
言葉の端々や仕草のひとつひとつから
伝わってくるお気遣いが、
とても温かくて優しかった。

どうやら私の日記も
読んでくださっていたらしい。

ソファに横並びに座りながら、
いろいろなお話をした。
私が話すと、
あなたは笑顔で、うん、うん。
そう頷きながら聞いてくださる。

そしてあなたも、
明るい笑顔でいろんなお話をしてくださった。

なんだろう。
あなたのまわりには、
ひだまりのようなものがある。

強く照りつける陽射しではなく、
そっと肩を包んでくれるような、
やわらかな温もり。
そんなあなたのオーラに包まれているうちに、
まだ物語はプロローグだというのに、
私はもうすっかり心地よくなっていた。

そして下着姿の私を
褒めてくださったものだから——
もう、私は天にも昇るような心地。

「じゃあ、
ちょっとお姉さんの私からいくわね」
なんて少しおどけながら、
今度はこちらからそっとあなたへ触れてゆく。

ふと目が合う。
微笑み合う。
そしてまた、互いを魅つめる。
その近さが、不思議なくらい心地よかった。

ふと目に入ったのは、
あなたが使っていた深紅のクッション。
深い、赤。
でもそれは、真っ赤に燃え上がる
炎のような色ではなかった。

静かに灯りながら、
内側へ、内側へと温もりを深めてゆく色。
そうか。
私たちのあいだに流れているのは、
こんな深紅なのかもしれない。

激しく燃え上がるのではなく、
深く、
柔らかく、
包み込むように灯る色。

私はそんな深紅の時間を、
どこか心の奥で魅つめていたような気がする。

そして今度はあなたの手が私へ触れる。
そのたびに私は、
するすると——あなたの深紅の世界へ、
心まで引き込まれてゆく。

最初にドアが開いたときには
まだ少しだけあったはずの距離が、
気づけばずいぶん近くなっていた。
それが、とても嬉しかった。

「また待っていますね」そう言って、
あなたを見送った。

そして帰り際にいただいた、
ゴディバのチョコレート。
嬉しくて、さっそく缶を開けてみる。

その瞬間、私は思わず息をのんだ。
群青に広がる夜空。
そこに浮かぶ、金色の月。
星々のあいだには、白いうさぎ。

もう、それだけでも胸がふっと躍った。
私の好きな月の世界が、
こんな小さな缶の中に広がっている。
しかも蓋を開けば、
その月とうさぎの物語は
そこで終わらなかった。

チョコレートの中にまで、
ちゃんと月とうさぎの世界が続いていた。「あ……」なんだか嬉しくて、
しばらく魅つめてしまった。

ついさっきまで私の心に灯っていたのは、
あなたとの深紅の時間だった。
それなのに最後に
あなたが残してくださったものは、
群青と月の世界。

深紅から、群青へ。
まるであなたと過ごした時間そのものが、
ひとつの色から、
もうひとつの色へと
静かに移ろってゆくようだった。

ひだまりの温もりから始まり、
深紅に染まり、
最後は群青の月明かりへ。

そんな色の余韻を胸に抱きながら、
私は小さな缶をもう一度魅つめた。

ありがとう。
また、お逢いできたら嬉しいです。

深紅より
群青へと移ろひて
月抱く夜に
君を想へり

— Morimura