予定していた通り、
15時を少し回った頃、自宅へ戻った。
朝、一瞬だけここへ帰ってはいる。
けれど、あの時は息をつく間もなく、
そのまま会社へ向かった。
だからなのだろう。
玄関の扉を開けた瞬間、
ようやく本当に帰ってきた、と思った。
24日に「行ってきます」と家を出てから、
ちょうど8日ぶりになるのだろうか。
「ああ、やっぱり家はいいわ」
声に出したわけではないのに、
心がそう呟いた。
いつもの私の場所は、
すっきりと整っていた。
物の位置も、
空気の匂いも、
光の入り方も、
何ひとつ変わっていない。
まるで、「おかえり」そう言いながら、
私が戻ってくるのを
待っていてくれたようだった。
いつもごろんと横になるソファまで、
「ほら、早くおいで」と
呼んでいるように魅える。
ああ、横になりたい。
ものすごく横になりたい。
けれど——「ごめんね。まだなのよ」
キャリーケースには、
8日間分の荷物が詰まっている。
片付けなければならない。
洗濯もしなければならない。
しかも、それだけではない。
10月3日には、
また横浜へ向かう。
次の横浜ステイは5日間。
8日の始発で戻り、
そのまま会社へ向かう予定だ。
今度こそ絶対に寝坊しない。
今日のような朝は、
もう十分。
朝から時間を追いかけ、
追いついたと思えば、
また次の時間に追われる。
会社へ着いてからも、
午後の来客の言葉ひとつひとつが、
なぜか妙に心に引っかかった。
普段なら流せることまで、
小さな棘のように残る。
どうしてだろうと思っていたけれど、
今ならわかる。
心に余裕がなかったのだ。
余白は、
たしかにあったはずなのに。
その余白が、
朝の寝坊ひとつで、
一気に赤信号へ変わってしまった。
止まれ。
急げ。
間に合うのか。そんな色ばかりが、
朝から心の中で点滅していた。
やっぱり、
心の余白というものは、
ただ時間が
空いているだけでは駄目なのだろう。
自分の呼吸が、
自分の歩幅に戻っていてこそ、
初めて余白になる。
洗濯機が止まった。
ベランダへ出る。
朝から家族が干していた洗濯物を取り込み、
代わりに新しい洗濯物を並べていく。
その時だった。
ふと顔を上げる。
空が、あまりにも青かった。
限りなく透明に近い空色。
横浜では、
ずっと雨の中にいたような気がする。
だから久しぶりに魅る、
この眩しいほどの青が、
目の奥まで染み込んできた。
山の緑も、
光を受けてきらきらしている。
風が頬を撫でた。
「風さん、そこにいるの?」
問いかけてみる。——いるよ。
そんな声がした気がした。
そうか。久しぶりだと思ったけれど、
違うのかもしれない。
風さんは、
ずっとそばにいた。
今朝も。
会社へ向かう途中も。
心がざわついていた午後も。
ただ私が、
慌てふためくことに精一杯で、
感じることができなかっただけ。
やっと帰ってきた。
家へ、ではない。
たぶん、
私自身のところへ。
ようやく今、
自分のペースを取り戻したような気がした。
時計を見る。もう16時を回っている。
17時半にはお風呂に入りたい。
18時頃からは晩ご飯の支度。
ということは、
残された時間は1時間半ほど。
さあ、横浜5日間の支度をしてしまおう。
5日分の服。
5日分の下着。
必要なものをひとつずつ揃える。
そして忘れてはいけない。
HOKA。
今日は朝からあまりにも慌ただしくて、
ウォーキングの格好のまま帰ってきた。
だから靴も、
そのままHOKA。
明日は久しぶりに、
こちらの街を歩こう。
たぶん9日ぶりになる。
そして3日には、
このHOKAも一緒に横浜へ連れて行く。
忘れず、荷物の中へ。
空は青い。
山は緑。
風はやわらかい。
そして、
なぜだか私の心もきらきらしている。
昨日の群青の世界の余韻が、
まだどこかに残っているのだろうか。
それに今日は、
朝から不思議なくらい
肌までつやつやしている。
心もきらきら。
肌もきらきら。
なのに——体だけは、
正直だった。
疲れた。
今日はもう、
サクサク準備を済ませよう。
そして、
できるだけ早く眠ろう。
今夜こそ、
何にも追われず、
朝までまとめてゆっくり眠ろう。
まだ夕方なのに、
もう眠ることを考えている。
そんな自分がおかしくて、
少し笑った。
朝から赤信号だった心は、
いつの間にか青へ変わっていた。
急がなくていい。
もう、自分の歩幅でいい。
風が、もう一度ベランダを抜けていく。
おかえり。
そう言われた気がした。
そして私も、
心の中でそっと返した。
ただいま。
ようやく、
帰ってきました。
帰り来て
風にほどける
我が心
空の青さに
ただいまを言ふ
— Morimura
風、我が家に帰りて解く✨
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