相変わらず、
虫の声は鳴り響いていた。

朝の3時前から
ベランダに出ていたせいだろうか。

歩いているうちに、
身体の奥まで少しずつ冷えてきた。
スマホで気温を確認すると、19度。

そうよね。
歩いて身体を動かしているから、
暑くもなく、寒くもなく、
今はちょうどいい。
けれど、手だけは少し冷たい。

指先が、「そろそろ手袋が欲しいよ」
とでも言っているようだった。

手袋。

そう思った瞬間、
ふっと心に浮かんだのは、
新美南吉の『手袋を買いに』だった。

子狐の小さな手。
冷たい雪。
母狐の心配。
そして、
あの物語に流れていた、
どこか懐かしくて、
やさしい温度。

外の空気は冷たいのに、
物語を思い出しただけで、
心の中がほんのり温かくなる。

不思議だなと思う。

人の心には、
ずっと昔に読んだ物語の温度まで、
ちゃんと残っている。

そして私は、
緩やかな坂道へ入っていった。

曲がりくねった小道。
ひとつ曲がれば、
また次の坂。
その道を歩きながら、
なんだか自分の人生を
辿っているような気がした。

私の人生も、
まっすぐな一本道ではなかった。
曲がって。
立ち止まって。
迷って。
どうしたらいいのかわからなくなって。
藁にもすがりたいような
気持ちになったことも、
何度もあった。

でもね。
それでも私は、
その曲がり角を曲がってきたんだ。
どうやって越えたのか。
どんな言葉に救われたのか。
どんな力を振り絞ったのか。
細かなことは、
もう思い出せないことも多い。

けれど確かに、
そのときそのときに心が動いていた。
呼吸をしていた。
ときには、
息が切れるほど苦しくて。
胸がばくばくするほど怖くて。
それでも、登って。
登って。
また登ってきた。

そして今、
ここにいる。

だったら、
もう少し今の自分を信じてもいいんじゃない?
そんな声が、
心のどこかから聞こえてきた。

私はいつも、自分で何とかしなければ。
自分で答えを見つけなければ。
そう思って、もがく。

でも不思議なことに、
もう前へ進めないと思ったとき、
どこからともなく、
そっと「神の手」のようなものが
現れることがある。

ただ。
今朝思った。
その神の手は、
何もないところから
奇跡を持ってきてくれる手ではない
のかもしれない。

これまでの私が、
誰にも見えないところで積み重ねてきたもの。
考えたこと。
失敗したこと。
泣いたこと。
もう一度立ち上がったこと。
学んだこと。
誰かにもらった言葉。
そして、
諦めずに続けてきたこと。

それらを少しずつ詰め込んできた、
努力の宝箱。

私がつまずいて、
もうだめだと思ったとき。
神の手は、
その箱の蓋を、
そっと開けてくれるだけなのかもしれない。

すると、
「あ、これがあった」
「こんなことも知っていた」
「私は前にも、ここを越えたことがある」
そんな光が、
箱の中からひとつずつ現れる。

そして、今すべきこと。
これから進む道。
次に踏み出す一歩。

それらが、
心の中に少しずつ描かれていく。

宝箱。

そう思ったら、
今度はなぜか浦島太郎の
玉手箱が浮かんできた。

確か、
開けたら浦島太郎は
おじいさんになったのよね。
そんな一枚の絵のような記憶だけは、
昔から私の中に残っていた。

そして今、
物語を思い返すと、
あの箱は、
時の流れを閉じ込めていた
箱だったのかもしれないと思った。

開けなければ、
浦島太郎は若い姿のままで
いられたのだろうか。
そんなことを考えながら、
私は少し笑った。

でもね。
最近、私は思う。
人間って、
若ければいいというものでもない。

もちろん、
若い身体。
若い体力。
それはあった方がいい。

できることなら、
今の知恵をそのまま持って、
身体だけ少し若返りたい。

そんな都合のいいお願いをしたら、
神さまはきっと、
「欲張りだね」と笑うだろう。

でも私は今、
若さよりも、
年齢を重ねながら手に入れてきた
知恵の力の方が好きになってきた。

そんなことを考えているうちに、
もうひとつの物語が浮かんだ。

『ドリアン・グレイの肖像』

若さと美しさを、
永遠に保つことができたなら。
最初の数年。十年くらいなら、
それはきっと嬉しいのだろう。

けれど。

周りの人は年を取り、
知っている人がいなくなり、
街が変わり、
風が変わり、
世界が変わっていく。

それなのに、
自分だけが変わらない。
それは本当に、
幸福なのだろうか。

いつしか、
若い。
美しい。
そんな喜びよりも、
自分だけが時の流れから
取り残されたような、
孤独。
焦燥。
喪失。

そんなものの方が、
大きくなるのではないだろうか。

私はあの小説を読んだとき、
そんなことを考えた。

だから今は、年を重ねることそのものを、
以前ほど怖いとは思わない。
ただ、少しだけ、緩やかに。
できるなら、
ゆっくりと。

そのために、
心を磨く。
見た目を磨く。
姿勢を磨く。
言葉を磨く。
感性を磨く。

そう。

私はきっと、
自分をすっぽり磨くことが好きなのだ。

そしてそのためには、
今日のように、
空を魅て心を震わせること。
風に吹かれること。
虫の声を聴くこと。
昔の物語を思い出すこと。
知らなかった自分の心に逢うこと。

そんな時間が、
とても大切なのではないだろうか。

人間には、
美しいものに心を動かされる力がある。
その感動を、
身体いっぱいに受け取る力がある。
それもきっと、
神さまが人間に与えてくれた
ひとつの能力なのだろう。

曲がりくねった坂道は、
まだ続いている。
でも今朝の私は、
少しだけ足取りが軽かった。

これまで曲がってきた道がある。
これまで登ってきた坂がある。
そして私の中には、
まだ開けていない宝箱が、
きっといくつもある。

だったら。これから先、
また曲がり角に立ったときも、
きっと大丈夫。

私は自分の中にあるものを、
もう少し信じてみようと思った。

曲がり角
越えて重ねし
歳月を
知恵の宝と
胸に抱きゆく

— Morimura