午前10時。

森村探検隊、
本日はいつもの街角でも、
海辺でも、
心のサンクチュアリーでもありません。
潜入先は――森村さんのオフィス。

「ヒカリン、今日はここから実況するよ」
「はーい。そうでちゅ」

さてさて。森村さん、
10時に無事出社。
席に着いた――と思ったその瞬間。
ぱくっ。
「あれ?」モリリンの目が止まった。
何やら白いものを口に入れている。
どうやら、紅白まんじゅうの白い方らしい。

出社して最初の仕事が、おまんじゅう。
さすが森村さん。
そしてコーヒーをひと口。
ここまでは、
なんとも平和な会社員の朝である。

ところが。
コーヒーカップを置いた途端、
森村さんの指が動き始めた。

メールチェック。
一通。
また一通。
届いていたメールを開いては返信し、
また開いては返信。

その横には、
いつの間にやらメモ用紙とボールペン。
返事を出した案件を、
今度は自分用のメモに書き込んでいる。

「へえ……意外とまめ」モリリン、感心。
「まめでちゅ」ヒカリンも感心。
いやいや、君たち。
そこは「意外と」は余計です。

続いて森村さんが取りかかったのは、
11月初めに開催される会合の案内文書。
パソコンの画面を、モリリンがこっそり覗く。
そこには、庭のある素敵なお屋敷風のお店。
「うわぁ、ここが会場かな」
「モリリンも行きたいなあ。
ヒカリンもそう思うでしょ」
「そうでちゅ」

完全に仕事を忘れている二人。
一方、森村さんはそんなことにはお構いなし。
文書をサクサク整え、
一度だけ一枚出力。
紙を手に取って、上から下までチェック。
どうやら仕上がりを確認しているらしい。

そして――よし。
今度は人数分、一気に出力。
プリンターから次々と出てくるA4の案内文書。それを三つ折り。
封筒へ。
三つ折り。
封筒へ。
三つ折り。
封筒へ。

「……内職みたい」モリリン、ぽつり。
しかし封筒をよく見ると、
すでに一枚一枚、
宛名のタックシールが貼ってある。
「これ、たぶん昨日のうちにやってるよ」
「じゅんび、はやいでちゅね」

そうなんです。
準備は昨日から始まっていた模様。

ところが、その作業の途中で電話。
森村さん、受話器を取る。
話す。
そして――受話器を顔と肩の間にはさむ。

そのまま両手では、折る。
入れる。
折る。
入れる。

「ヒカリン、見て。電話しながら封筒詰めてる」「きようでちゅ」なかなかの曲芸である。
電話を切ったと思ったら、
今度は森村さんの方から電話。
また話す。
またメモ。
そして電話が終わるや否や、
封筒入れに復帰。

今日の森村さん、止まりません。
封筒作業が終わると、今度は領収書。
一枚ずつ指で取り、ぽん。ぽん。ぽん。
ハンコを押していく。
「11月の会合なのに、
もうここまで準備するんだね」
モリリン、ちょっと感心している。

そして次。
「あれ?」今度は何やら
小さなケースがたくさん出てきた。
中から現れたのは、小さな小さなカード。
どうやらマイクロSD。
ケースを開ける。
カードを取り出す。
USBに差す。
パソコンへデータを取り込む。
抜く。
ケースへ戻す。
また次。
取り出す。
差す。
取り込む。
抜く。
戻す。……これが、延々続く。

「これ、地味に大変じゃない?」
「たいへんでちゅ」しかも小さい。
ものすごく小さい。

モリリン、ここでひとつ納得した。
「ああ……森村さんがネイルしない理由、
これか」
そう。
おしゃれ好きなのに、爪はいつも実用優先。
この小さなマイクロSDを一枚一枚扱うには、
長い爪では確かに大変なのである。

そのうち単純作業に飽きたのか――森村さん、
席を立った。
「あ、逃げた」
違います。
しばらくすると戻ってきた。
手にはコーヒー。
そしてもう片方の手には――また、お菓子。

今度は、どうやらきな粉餅。
「また食べてる」
「おかし、すきでちゅね」
コーヒーをひと口。
きな粉餅をぱくっ。
そして、「ふぅ……」小さくため息。
再びマイクロSD作業へ。

その時。
コンコン。
別の人が書類を持ってきた。
森村さん、にこやかに応対。
笑顔で話す。
相手が部屋を出ていく。
扉が閉まる。その瞬間。

森村さんの顔。
――チッ。……とは言っていない。
言ってはいないけれど、
顔が完全に、
「今頃持ってくるんかい」と言っていた。

モリリンとヒカリン、そっと目を合わせる。
しかし文句を言っている暇はない。
その書類を開き、
またチェック。数字を見る。
項目を追う。書き込みをする。
電話が鳴れば話し、
パソコンではメールを打ち、
手元では書類を確認。
その合間にまた別の仕事。

「ヒカリン……」
「なあに?」
「森村さんってさ」
「うん」
「普段は心を飛ばして、探検して、
食べて、寝て、
最近は鬼の若様のことばっかり
考えてる人だと思ってたけど……」
「うん」
「会社では、ちゃんと仕事してるんだね」
「してるでちゅ」
失礼な探検隊である。

それにしても。
気づけば朝あれほど積み上がっていた
仕事の山が、少しずつ低くなっている。
電話をしながら。
メールを打ちながら。
書類をチェックしながら。
ひとつ終われば、次。
またひとつ終われば、次。
まるで一人で三役。

いや、時々お菓子係まで兼任しているので
四役かもしれない。

モリリン、腕を組んでうなずいた。
「ふむ。今日の調査結果」
ヒカリンも隣でちょこんと座る。
「けっか?」
「森村さん、意外と働き者」
「いがいと、いらないでちゅ」
ごもっとも。

そして二人は、最後にもう一度、
森村さんの机の上を見つめた。
仕事の山は、あと少し。
「でも森村さん」
モリリンが小さく声をかける。
「早いのはいいけど、
最後にもう一回だけ、
抜けがないか確認してね」
ヒカリンも続く。
「かくにん、だいじでちゅ」

森村さんはそんな二人の声など
聞こえるはずもなく、
今日もまた、電話とパソコンと書類の間を、
せっせ、せっせと
行き来しているのでありました。

森村探検隊、
本日のオフィス潜入調査――終了。
モリリン&ヒカリン
「お仕事、ご苦労さまでちゅ!」
ちゃんちゃん。