今朝、空にはたくさんの星があった。
ひとつ、またひとつ。
夜の名残を抱いた空に、
小さな白い粒が散らばっていた。
その光を魅ていたら、
なぜだろう。
ふと、真珠のネックレスを思い出した。

白い珠が、
少しずつ間をあけながら、
一本の糸に通されている。
ひと粒ずつは小さいのに、
つながると、ひとつの形になる。
その姿を思い浮かべた瞬間、
もうひとつの「ネックレス」が、
心の奥からゆっくり浮かび上がってきた。

琵琶湖のネックレス。

あれは、まだずいぶん前のことだった。
琵琶湖をめぐる鉄道の線がひとつにつながり、
ぐるっと一周できるようになったと聞いた。
その話を知ったとき、
私はすぐに思った。
乗ってみたい。

どこか特定の場所を
目指したかったわけではない。
新しくつながった線路に乗って、
ただ琵琶湖を一周してみたい。
それだけだった。

でも、その小さな好奇心が、
思いがけずひとつの湖との出逢いを
連れてきてくれた。

余呉湖。

あまりにも琵琶湖が有名すぎるから、
その北側にちょこんと佇む余呉湖は、
どうしても目立たない。
けれど私は、
その控えめな佇まいに、かえって惹かれた。

そして何より、
「水鏡」という響き。
水が鏡になる。
空を映し、
山を映し、
雲を映し、
その前に立つ人の心まで
映してしまいそうな湖。

その言葉だけで、
もう心が少し動いていた。

さらに、天女の羽衣伝説。
空から舞い降りた天女。
水辺に残された羽衣。
空と地上のあいだに揺れる心。
そんな物語が、
この静かな湖に残っている。

それを知ったとき、
私は一気に余呉湖が好きになった。
琵琶湖をめぐる線路がつながったこと。
それが旅のきっかけになった。

そしてその旅が、
余呉湖という小さな水鏡へ
私を連れていってくれた。

今になって思う。
線路は、ただ場所と場所を
結ぶだけではないのかもしれない。
記憶と記憶を結ぶ。
心と景色を結ぶ。
そのときには
まだ意味を持っていなかったものを、
ずっと後になって、
ひとつの物語として返してくれる。

そう思うと、
琵琶湖を囲んでつながった線路は、
やっぱりネックレスみたいだった。

駅が珠。
町が珠。
湖が珠。
そしてその中に、
余呉湖という小さな真珠があった。

大きく目立つ珠ではない。
でも、私の心にはずっと残った。

その後、
わかさぎ釣りにも行った。
天女が舞い降りた湖で、
今度は釣り糸を垂れる。
幻想と日常。
どちらも同じ水面に映っている。
それもまた、
余呉湖らしい気がする。

そして今日。
今朝の空に散らばっていた、
たくさんの白い星。
あの光の粒が真珠に魅えて、
真珠がネックレスになり、
そこから琵琶湖をめぐる線路へ心が飛んだ。

記憶というものは不思議だ。
ひとつの光から、
何年も前の車窓へ戻る。
そこからまた、
水鏡の湖へたどり着く。

今朝の星の粒。
湖国をめぐる銀の環。
余呉湖という一粒の真珠。
全部が、
一本の見えない糸でつながっている。

もしかしたら、
私たちの記憶も、
そんなふうにできているのかもしれない。

ひとつひとつは離れている。
でも、ある日ふと、
光の粒をきっかけに、
全部が一本の物語になる。

今朝、
空に浮かんでいた白い星たちは、
ずっと胸の奥にしまっていた
湖国のネックレスを、
そっと取り出してくれた。

あのとき乗った電車。
車窓に広がった琵琶湖。
静かに佇んでいた余呉湖。
水鏡。
羽衣。
わかさぎ。

ひと粒、またひと粒。
そのすべてが、
今も私の中で静かに光っている。

星の粒
真珠となりて
湖を巡る
水鏡ひとつ
胸に残れり

— Morimura