しばらく空を魅つめているうちに、
あれほど深かった群青は、
少しずつ白へとほどけていった。

夜の色が、
朝の光に溶けていく。

気がつけば、
空はもうほとんど白。
いや、
ただ白いのではない。
その向こう側に、
これから昇ってくる太陽の光を抱えた白。

私はその空を見上げながら、
自分の心も同じように、
ゆっくり白へ還っていくのを感じていた。

昨夜までの余韻。
若様の群青。
星の光。
心の奥で揺れていたいくつもの記憶。
それらすべてに、
薄い白のヴェールがかかっていく。

消えてしまうわけではない。
ただ、
静かに、
今日のための余白へ戻っていく。

そのときだった。
「あれ?」白くなった空の中に、
ひとつだけ光るものを見つけた。
小さい。
でも、
確かに光っている。
あれは何だろう。

もしかして、
明けの明星なのだろうか。

あれだけたくさんあった星たちは、
朝の光の中へ消えていったのに、
その一粒だけが、
最後まで残っていた。

私はしばらく、
その星を魅つめた。
群青の夜空を背景にした星とは、
また違う。
白へ向かう空の中で、
小さく、
でも凛として輝く光。

なんだか、
「今日もちゃんと
前を向いて歩いていきなさい」
そう言われているような気がした。

私も今日一日、
この小さな星の輝きを
胸のどこかにしまっておこう。

そう思った。

耳を澄ませば、
虫の音が聞こえる。
そして、
鳥たちも鳴き始めていた。

ピチピチ。
チチチチ。

夜のあいだ、
静かに鳴いていた虫たち。
朝を迎えて、
元気いっぱいに声を上げる鳥たち。

それぞれの声が、
白い空の下で重なっていく。

まるで、「朝が来たよ」と、
生きとし生けるものたちが
一斉に祝福しているようだった。

木々も。
草花も。
川も。
空も。
みんな、
新しい朝を迎えたことを
喜んでいるように魅えた。

その中に、
私も立っている。

そう思うと、
それだけで少し胸が熱くなった。

今日はこちらの町で、
ひとまず最後の朝歩き。

次にこの道を歩くのは、
おそらく9日の朝。

そう思うと、
見慣れた景色のひとつひとつが、
いつもより少しだけ愛おしく感じられた。

細く曲がりくねった道。
小さな回峰行のように、
何度も登ってきた坂道。
心のサンクチュアリになった場所。

そこで魅た、
白へ帰る空。
ピンクゴールド。
群青。
金色に見えた木の葉。

そして、
最後まで残っていた一粒の星。

そのすべてを、
胸に抱いていこう。

今日、
私はここから横浜へ向かう。
鳥が見送ってくれた。
虫が見送ってくれた。
木々も見送ってくれた。
そして、
これから顔を出す太陽の光も。
あの一粒の星も。

そして——風さん、
おはよう。
風さんもまた、
そっと私の背中を
押してくれているようだった。

ようやく朝が来た。
ようやく、
夜と朝のあわいでうつろっていた私も、
新しい朝を迎えた。

白い余白を胸いっぱいに広げて。
その余白に、
今日という一日の色を
これから少しずつ重ねていこう。

私はもう一度空を見上げ、
小さく笑った。

さあ。新しい朝へ。

そして、
今日の旅へ。

白き空
一粒の星
胸に抱き
風に背を押され
朝へ旅立つ

— Morimura