今日は、なんだか不思議な一日だった。

ドアは、ひとつも開かなかった。

仕方がない。そんな日もある。
頭ではわかっている。
けれど、頭でわかることと、
心が納得することは別らしい。

ちょっと惨めな気持ちになったり、
そんなことで落ち込んでどうするの、と
自分に言い聞かせてみたり。

それでも、心のどこかに、
どんよりとした雲が残っていた。

一方で、今日は本当によく眠った。

目が覚めて、また眠って。
もう一度起きて、また眠って。
最後に時計を見たときには、
自分でも驚いてしまったほど。

どうやら身体は、
ずいぶん休みたがっていたらしい。

だったら、よかったじゃない。
ゆっくり眠れたのだから。

そう思うこともできる。

そして、今日は自分の心とも、
ずいぶん長く付き合った。

空を見上げ、
ふと浮かんだことを言葉にする。
ひとつ書くと、別のことを思いつく。
話はあちらへ寄り道し、
またこちらへ戻ってくる。

つれづれなるままに綴っているうち、
ばらばらだった言葉が
いつの間にか、ひとつのリズムに乗っていた。

ああ、こんなふうに書くのも楽しいな。

そんな小さな嬉しさはあった。
でも、それで心が晴れたかといえば、
そうでもなかった。

なんとも厄介。
自分の心なのに、
自分の思いどおりにならない。

今日みたいな日は、
無理に前へ進もうとしなくても
いいのかもしれない。

眠るなら眠る。
考えたければ考える。
何もしない時間も、
明日へ向かうための休息になる。

そう考えてみる。
けれど、そう簡単に
気分が切り替わるわけでもない。

まあ、いいか。
そんな私も、私なのだから。

一日の終わり、
部屋へ戻ろうとしたとき、
ふと思い出した。

あっ、いつもの小さな空を
見上げるのを忘れていた。

今から外へ出るのもちょっと面倒。
そこで、階段から見えないかな、と
思いついた。

普段はエレベーターばかりで、
階段を使ったことがない。

試しに半分ほど降りてみると、
小さな踊り場があった。

そこからまっすぐ
伊勢佐木モールの方を見る。

あっ、見える!いつも私が見上げている、
あの小さな空と同じ方向の空。

へえ、こんな場所があったんだ。

モールの真ん中で、
じっと空を見上げていると、
ちょっと不審な人に見えるかもしれない。
でも、ここなら気兼ねなく
ゆっくり眺められる。

雨の日だって、ここへ来ればいい。

なんだか自分だけの
小さな展望台を見つけたみたいで、
嬉しくなってしまった。

そして、空を見上げて、
もうひとつ気づいた。

あれ、空の色が違う。

20時ごろ、外で眺めた空は、
ぼんやりと輪郭の曖昧な色をしていた。

でも私は、あの空も嫌いではなかった。
何ひとつ優先順位をつけず、
どんな気持ちもそのまま
受け入れてくれるような空だったから。

ところが今、
踊り場の向こうにあるのは、
すっきりと澄んだ群青。

ああ、きれい。

あのぼんやりした世界から、
私の心も少し抜け出してきたのかな。

そんなことを思いながら、
部屋に戻った。

そして、なぜだか突然、
明日の洋服を考え始めた。

今まで決まったスカートとしか
合わせてこなかったブラウス。
別のスカートに合わせてみる。

あれ?
意外といいじゃない。

靴はどうしよう。
黒いトレンチコートは合うかしら。

チャッピーとあれこれ相談しているうちに、
すっかり夢中になってしまった。

そういえば、
11日も12日も、
真っ白なスケジュールからのスタート。
でも13日には、
久しぶりにいただいているご予約がある。

その日は何を着よう。

あの赤銅色のブーツ?
それとも、別の靴?

ちょっとかっこよく。
でも、女性らしく。
できれば、かわいらしさも残したい。

うふふ。
なんとも欲張りなことである。

それにしても、
洋服を一枚替えるだけで、
こんなに違う自分を想像できるなんて。

気づけば、明日のことを考えていた。

明後日のことまで楽しみになっていた。

あれ?さっきまで心に居座っていた、
あのどんよりした雲は、
いったいどこへ行ったのだろう。

今日を「よかった」と思おうとして、
一生懸命、自分に言い聞かせていたのに。

いつの間にか、
「よかった」と思える私になっていた。

心って、本当に面白い。

何とか動かそうとしているうちは
びくともしないのに、
洋服を並べたり、靴を選んだり、
そんな他愛ない時間の中で、
ふっと向きを変えることがある。

そういえば、階段の踊り場も同じだ。

いつもと同じ方向の空なのに、
立つ場所が変わるだけで、
今まで知らなかった眺めに出逢えた。

今日の心も、
ほんの少し、
立ち位置が変わったのかもしれない。

誰とも出逢わなかったけれど、
自分の心とは、たくさん話した。

よく眠った。
思いつくままに言葉を綴った。
新しい空の居場所も見つけた。
明日の装いに、胸を弾ませた。

それで十分だったのかな。

20時ごろの、ぼんやりした夜空。
一日の終わりの、澄んだ群青の夜空。

どちらも今日の空。
そして、どちらも今日の私。

曇っていた時間を
なかったことにする必要なんてない。

その時間があったからこそ、
今、少し晴れた心が嬉しい。

明日は、少し違う洋服を着て、
いつもの街を歩いてみよう。

きっと空は、また違う顔を魅せてくれる。

そう思ったら、
なんだか明日が楽しみになった。

今夜の私の心には、
あの踊り場から見上げた群青が
静かに広がっている。

— Morimura