一日の物語を閉じたはずなのに、
どうやら、まだ眠れそうにない。

あれほど眠ったのだから、
無理もないのかもしれない。

窓の向こうには、群青の夜。

その静けさの中で、
ひとつの言葉が、心に引っかかっている。

『暇ナ時』

石川啄木の歌稿ノートの題名だという。
なんとも飾り気のない名前ではないか。

けれど、この四文字を知ったとき、
私は、思わず微笑んでしまった。

暇な時。
それは、何もすることのない
時間なのだろうか。
それとも、
普段は聞こえない心の声が、
ふと聞こえてくる時間なのだろうか。

啄木は、
思うように小説が認められなかった頃、
わずか5日間で
260首もの短歌を詠んだという。

いったい、どんな心境だったのだろう。
言葉が次から次へと湧き上がり、
書き留めても、書き留めても、
まだ次の一首が生まれてくる。

そんな創作の時間を、
私は少し想像してみた。

もちろん、
私などが啄木と肩を並べるつもりはない。

けれど、
言葉がひとつ生まれると、
また次の言葉が顔を出す。
その不思議な楽しさなら、
ほんの少し、わかるような気がする。

今夜は、
そんな啄木の『暇ナ時』に想いを寄せて、
今日という一日を、
十首の短歌にしてみようと思う。

朝の期待から、
待つことの不安へ。
曇った心を群青の空に預け、
やがて言葉を紡ぐ喜びへ。
そして、
夜と朝のあわいに立つ、
今の私へ。

一首、また一首。
心の泉から、
小さな言葉を掬い上げてみたい。


【十首連作|暇ナ時】

一 朝の期待

朝の風
新たな出逢ひ
夢に見て
花色まとひ
店へと向かふ

二 待つ時間

誘ひ待ち
眠りの底に
身を沈め
待てば甘露の
日和来るらむ


三 胸のざわめき

目覚めては
まだかまだかと
胸騒ぎ
それでも待たむ
目を閉じてみる

四 空に映る心

今日もまた
待ちくたびれて
外に出づ
雲のもやもや
わが胸に似る

五 暇ナ時

暇な時
飾らぬままに
書き留める
胸の曇りを
言葉にかへて

六 あわい草子

うれしさよ
あわい草子が
生まれたり
暇のおかげか
明日も紡がむ

七 群青の空

胸の影
群青に溶く
ひとしずく
風に預けて
眠りに戻る

八 最後の扉

帰りぎわ
開きかけたる
扉あり
われの手により
静かに閉ぢぬ

九 明日の私

今日のわれ
明日のわたしは
喜ばむ
自ら選ぶ
静けさの夜

十 夜と朝のあわい

服と靴
明日へと並べ
夜の果て
朝とのあわい
歩む夢みる

— Morimura