今日の一文字は、「響」

筆を取り、静かに墨を含ませる。
白い紙の上に、最初の一画を置く。

すうっと筆を運びながら、
今朝の群青世界を思い浮かべた。

夜空に輝く星たち。
昨日見つけた冬の大三角形。
そして今朝、
別の三角形の中にも見つけたプロキオン。

その星が、実は二つの星からなる
連星だと知ったとき、
私の心に小さな感動が生まれた。

二つの星。
それぞれが異なる輝きを持ちながら、
互いの重力によって結ばれている。
遠く離れた地球からは、
まるでひとつの光のように見える。
なんて美しいのだろう。

けれど、私が心を惹かれたのは、
二つの星が寄り添っているという
事実だけではなかった。
二つでありながら、
ひとつの調和を生み出していること。

そこに、人と人との
心のつながりを重ねていたのだと思う。

人は、それぞれ違う時間を生きてきた。
違う景色を見て、
違う経験を重ね、
違う思いを胸に抱いている。

だからこそ、出逢いは不思議だ。
最初は、ほんの小さな接点。
ひとつの言葉。
ひとつの微笑み。
何気ない会話。

けれど、時間を重ねるうちに、
相手の言葉が心の奥へ届くようになる。
そして、いつしか言葉にしなくても
伝わるものが生まれてくる。

それは、
最初から決められていた縁というよりも、
出逢ってから二人で育てていくもの。
通い合い、支え合い、
少しずつ深くなっていく心。
その積み重ねが、
やがて共鳴になるのだろう。

ふと、
今朝の水鏡を思い出した。
二筋の水の道。
それぞれ別のところから伸びてきた流れが、
遠くでひとつに重なっていた。
あの水の道も、
今朝の星たちも、
同じことを語りかけていたのかもしれない。

ひとつになるとは、
どちらかが自分を失うことではない。
それぞれの輝きを持ちながら、
互いの存在によって、
さらに美しい調べを生み出していくこと。

そんな関係でありたい。
そんな時間を重ねていきたい。

筆を運ぶ。
「響」という文字は、
音が伝わり、
広がっていく姿を思わせる。

ひとつの音が、もうひとつの音に触れる。
すると、そこから新しい響きが生まれる。
そして、その響きは、
また遠くへと広がっていく。

今朝、私が星と星を結んで見つけた三角形も、
そうだった。
ひとつの点から線が伸び、
線が面となり、
新しい世界が生まれた。

けれど、心の世界は、
幾何学の図形よりもずっと自由だ。
目には見えない。
形もない。
それでも、確かに感じられるものがある。

誰かと過ごす時間が、
心の奥に静かな余韻を残すこと。

その余韻が、次に逢う日まで、
そっと響き続けていること。

そして再び出逢ったとき、
その響きが、
以前よりも少し深くなっていること。

そんな小さな積み重ねを、
私は大切にしたい。

最後の一画。
筆を止める。
白い紙の中央に、

墨の香りをまとった
「響」の文字が浮かび上がった。
今朝、群青鏡が返してくれた新しい勇気。
水鏡に見つけた二筋の道。
そして、プロキオンの二つの星。
そのすべてが、
この一文字の中で静かに重なっている。

響き合うとは、同じ音になることではない。

異なる二つの音が、
互いを生かしながら、
ひとつの調べを奏でること。

今日という一日も、
そんな美しい響きに満ちた
時間になりますように。

私は、墨の乾き始めた一文字を、
もう一度静かに魅つめた。
そこには、まだ誰にも聞こえない、
小さな心の調べが流れているようだった。


星ふたつ
互いの光
響かせて
心に生まる
秋の調べよ

— Morimura