第二部|馬車道浪漫、150年の時を越えて〜文明開化の風に、大和心を訪ねて〜
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吉田橋を渡り、関内へ。
星たちのランデブーに心を奪われていた私は、
いつの間にか、
もうひとつの浪漫に誘われようとしていた。
ふわり。
少し生ぬるい、柔らかな風が頬を撫でた。
「ねえ、風さん。
なんだか昔の横浜へ旅をしてみたくなったわ」
「まあ、素敵。
では、ご案内しましょうか」
ゆらり。
ガス灯の炎が揺れたような気がした。
その瞬間、
目の前の馬車道が、
150年前の風景へと姿を変えていく。
石畳に響く馬車の蹄の音。
洋装の紳士淑女が行き交い、
初めて目にする異国の品々に、
人々が驚きの声を上げている。
馬車道浪漫の魔法。
私は、すっかりその魔法にかかってしまった。
1867年、和英字典。
1869年、アイスクリーム、乗合馬車。
1872年、ガス灯。
文明開化の時代、
横浜は新しい文化との出逢いに沸いていた。
初めて見るもの。
初めて触れるもの。
初めて味わうもの。
人々は、どれほど
胸をときめかせたことだろう。
そして、その新しい文化を、
ただ受け入れるだけではなかった。
日本人の感性や暮らしに合わせ、
独自のものへと育てていった。
私は、そんな心を「大和心」と呼びたくなる。
ふと、勝烈庵が目に入った。
1927年、昭和2年創業。
西洋から伝わったカツレツを、
日本人の味覚に寄り添う料理へ。
そして、その味を愛した棟方志功。
店内を彩る数々の作品には、
横浜の食文化と芸術が
交わった歴史が息づいている。
明治から昭和へ。
時代が変わっても、
新しいものを取り入れ、
自分たちの文化へと育てる
心は受け継がれてきたのだろう。
そして、目の前に現れたエースの塔。
神奈川県立歴史博物館。
1904年に完成した
旧横浜正金銀行本店である。
重厚な石造りの建物。
天空へとそびえる優美なドーム。
そして、あちらこちらに施された繊細な装飾。
ヨーロッパのネオ・バロック様式を
基調とした、その荘厳な姿。
明治という時代が生み出した、
西洋建築の壮大な結晶ともいえるだろう。
私は、しばらく建物を見上げていた。
西洋の技術と日本人の美意識。
異なる文化が出逢い、
ひとつの新しい風景を生み出している。
ああ、
ここにも大和心が息づいている。
ふわり。
風さんが、また優しく通り抜けた。
私は、その風に乗って、
さらに時代を遡りたくなった。
明治モダン。
大正浪漫。
昭和レトロ。
そして、そのずっと昔。
ひらがなや大和言葉が生まれ、
日本独自の美意識が花開いた平安の世。
異なる文化の間に生まれる、新しい美しさ。
その「あわい」に、私はなぜか心を惹かれる。
けれど、いつまでも
夢の中にいるわけにはいかない。
万国橋が近づいてきた。
そろそろ、魔法の旅も終わりのようだ。
振り返れば、今朝歩いてきた馬車道。
そこには、150年以上の時を越えて、
今もなお人々の夢や希望が息づいている。
横浜物語。
ふと、そんな言葉が心に浮かんだ。
この街には、
まだまだ知らない物語が眠っている。
これからも、
そのひとつひとつを自分の足で訪ねてみたい。
そう思いながら万国橋へ足を踏み出すと、
目の前の空が大きく広がった。
群青の世界は、
いつしか限りなく透明に近いブルーへ。
そして、雲の縁にはピンクゴールドの光。
まるで、文明開化の時代を生きた人々の夢が、
今も未来に向かって輝いているようだった。
過去から未来へ。
異国の文化から大和心へ。
そして、夢から現実へ。
私は、時代のあわいを渡りながら、
今という朝へ戻ってきた。
けれど、馬車道浪漫の魔法は、
まだ心の中に残っていた。
時を越え
馬車道に吹く
浪漫の風
大和の心
今も息づく
— Morimura