朝の物語・第一部雲の馬車に乗って、光の道をゆく
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あわい茶屋での一服を終え、
私は再び歩き始めた。
つい先ほどまで、
こし餡の草餅と温かいお茶を前に、
夜と朝の境目に心を遊ばせていた。
けれど、一歩外へ出ると、
現実の朝は私がのんびりしている間にも、
もう先へ進んでいた。
耳に届くのは、鳥たちの歌声。
不思議ね。
秋の朝だというのに、
その響きは春を思わせるほど柔らかい。
高い声、低い声、少し遠くから応える声。
いくつもの音色が重なり合って、
透き通るようなハーモニーを奏でている。
風は強く、頬に当たると冷たい。
それなのに、
鳥たちの声だけは不思議と穏やか。
まるで秋の朝が、
ほんの一瞬、春の優しさを借りてきたみたい。
私は足をゆるめ、その歌に耳を澄ませた。
昨夜の群青の名残を抱いていた空も、
少しずつ白へと変わっていた。
けれど、ただ白いわけではない。
薄い灰色の向こうから朝陽が差し込み、
霧をまとったような、
ほんのり桃色の光がにじんでいる。
いつもの華やかなピンクゴールドとは違う、
まだ名前のつかない淡い色。
空の白さの中に、
昨夜の群青がまだ透けている気がする。
昨日と今日、
そのどちらにも属さない色が、
ゆっくり今日のほうへ傾いていく。
それは、さっきまであわい茶屋で
味わっていた時間そのものだった。
ああ、新しい朝が生まれようとしている。
時計を見なくても、
空の色が時間を知らせてくれる。
そんなことを思いながら見上げると、
ふわふわと浮かぶ雲が、
朝の光を受けて輝いていた。
あら、馬みたい。
そう思った途端、もう一頭、また一頭。
何頭もの馬が、パカパカ、パカパカ。
空を連なって進んでいるように魅える。
馬車道だからかしら。
私の頭には、
いつしか明治の乗合馬車が浮かんでいた。
石畳を響かせる蹄の音。
行き交う人々の驚き。
初めて見る乗合馬車を前に、
当時の人たちはどんな顔をしたのだろう。
見慣れた街の姿が変わってゆくとき、
そこにはきっと、
新しい時代を迎える
胸の高鳴りがあったのだろう。
ガス灯がともり、
異国からさまざまな文化が届き、
暮らしが少しずつ姿を変えていった時代。
そんな街に想像の馬車を走らせると、
いつもの道まで違って魅える。
そして、馬車といえばシンデレラ。
かぼちゃの馬車に、白馬の王子様。
そういえば、かぼちゃも昔、
ポルトガルの船によって
日本へ運ばれたといわれている。
ポルトガルから、かぼちゃへ。
かぼちゃから、シンデレラへ。
シンデレラから、馬車道へ。
ふふっ。
歴史の道を歩いていたはずなのに、
いつの間にか童話の扉まで開いてしまった。
もちろん、シンデレラの物語が
ポルトガルと直接結びつくわけではない。
それでも私の心の中では、
昨日生まれたビスカウト王国と、
かぼちゃの馬車が、
どこか同じ甘い夢の香りをまとっている。
それなら、私も乗せてもらおうかしら。
雲の馬車に心を預け、
海へ向かう道をまっすぐ進んだ。
そして、いつもの場所。
海の前に立ち、空を見上げる。
波は風に揺れ、
さざめきながら岸辺に寄せていた。
頬を冷やしたあの風が、
今度は想像の背中を押してくれるようだった。
胸の奥に、
子どもの頃のわくわくした気持ちが
戻ってくる。
そこには、思いがけない景色が待っていた。
横に大きく広がる雲。
灰色というより、
群青をひとしずく溶かしたような深い色。
その真ん中を、朝陽の光が一本、
すっと貫いている。
光は大きな雲の切れ間を抜け、
その先に点々と浮かぶ
小さな雲へと続いていた。
あれは、何に似ているのだろう。
そうだ、飛び石。
庭の小径に、ひとつ、またひとつと
置かれた石。
朝の光が雲の飛び石を渡りながら、
どこかへ向かっているように魅えた。
いったい、どこへ行くの?
私はその細い道を、
目で追いかけた。
すると、光は遠くに見えるクイーンの塔、
その頭上へ集まっていくように思えた。
あら、クイーン。
昨日、あんなに心を奪われた、
エメラルドグリーンのティアラ。
そのそばにはキングがいる。
ジャックも、
ビルの隙間から少しだけ姿をのぞかせていた。
光が本当に塔へ届いているのか、
遠近のいたずらなのかはわからない。
それでも、私の目にはそう映った。
空に描かれた一本の線が、
昨日出逢った建物に、
新しい意味を与えてくれたようだった。
私には、あの光の道が三塔を結び、
空から王国へ降りてくる道のように見えた。
昨日見つけた、
象の鼻パークのビューポイントに立つ。
昨日は、三つの塔を
同時に見られる場所を探すことに夢中だった。
あっちかな、こっちかな。
ようやく見つけたときは、
ただ嬉しくて、胸がいっぱいだった。
でも、今日は違う。
立つ場所を、もう知っている。
だから、足元ばかり探さなくていい。
心に小さな余白が生まれ、
建物の向こうにある景色まで、
ゆっくりと想像できる。
昨日は、三塔の姿に出逢った。
今日は、その向こうに息づく
王国を訪ねている。
クイーンの頭上には、光の道。
その隣には、静かに佇むキング。
そして、かくれんぼが好きそうなジャック。
今日は王国の人々のお披露目かしら。
それとも、
華やかな舞踏会が開かれるのだろうか。
そんなことを思うと、胸がまたときめいた。
今朝は、星を探して歩き始めたのだった。
星には逢えなかったけれど、
空は雲の馬車を走らせ、
光の飛び石を並べ、
私を三塔の王国へと連れてきてくれた。
見えない星の代わりに、
朝がもうひとつの夢を
魅せくれたのかもしれない。
さあ、王国の扉は開いたばかり。
あの優雅なクイーンは、
今日はどんな顔で私を迎えてくれるのだろう。