朝の物語・第三部王国の心に逢い、次の空を夢見る
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クイーンから目を離し、
私は防波堤の第二のビューポイントへ
向かった。
さっきまで正面から魅つめていた女王様が、
ここでは少し横顔を魅了せている。
海へ向かって両腕を広げる、
そのしなやかな姿。
遠い国から訪れる人々を、
今日も優しい微笑みで迎えているのだろうか。
そして、少し離れたところにキングがいた。
不意に、
その堂々とした佇まいが、
海ではなくクイーンの横顔を
見守っているように思えた。
愛しのクイーン。
そんな言葉が、
風に乗って聞こえてきそうだった。
国を治める王にも、
ひとりの女性を愛おしく想う、
静かな時間があるのだろう。
ジャックは、というと……。
あら、また隠れている。
昨日も三塔を一度に魅ようと
随分苦労したけれど、
どうやらこの人は、
かくれんぼがお好きらしい。
そんなことを思いながら、
第三のビューポイントへ。
ここでは、キングの姿を
真正面から魅つめることができる。
どっしりと構えた建物。
きりりとした直線。
屋上を縁取る装飾まで、
クイーンの柔らかなフリルとは違い、
どこか角張って見える。
気品というより風格。
優雅さというより威厳。
けれど、その大きな姿には、
人々を包み込むような安心感もあった。
王とは、きっと、
ただ強いだけの存在ではない。
守るものがあるから強くあろうとする。
揺らいではいけない場所に立つからこそ、
堂々としている。
そんなことを思うと、
目の前のキングに、
思わずひざまずきたくなるような
気持ちがした。
昨日気になった神奈川県旗の紋章も、
ふと思い出す。
「神」という一文字を図案化した、
あの赤い印。
もちろん、
キングの塔が神様を表すわけではない。
それでも私の想像の中では、
あの紋章が王の頭上に
掲げられているような気がした。
まるで、神々の王ゼウス。
そういえば、
『鬼の花嫁』の世界にも、
由緒ある鬼龍院家の本家が持つ、
揺るぎない威厳があったっけ。
けれど、キングの周りを少し歩いてみると、
正面とはまた違う表情が魅えてくる。
側面から、そして背後から。
あれほど厳格に見えた建物が、
どこか優しい。
少し肩の力を抜いて、
ほっと息をついているようにも魅える。
王冠をかぶっているときには
決して見せない素顔。
もしかしたら、
クイーンの前では、
こちらの表情で微笑むのかもしれない。
強さの奥に優しさがある。
威厳の奥に、
誰かを大切に想う心がある。
そう考えると、
キングの堂々とした姿まで、
さっきより近しく感じられた。
帰り道、今度はジャックの塔の前を通った。
ふふっ。
やっぱり可愛い。
すらりと伸びた時計塔には、
童話の挿絵に登場するような愛らしさがある。
キングのように人を圧倒せず、
クイーンのように
華やかに微笑むわけでもない。
でも、背筋はきちんと伸びている。
いつもふたりを陰から支え、
必要なときには迷わず前へ出る。
そんな誠実さと、
揺るぎない忠誠心を持つ人のようだった。
昨日は、その姿を探して歩いた。
今日は、三塔それぞれの表情に出逢った。
不思議ね。
昨日はビューポイントがどこにあるのか、
そればかり気にしていた。
見つけた瞬間の喜びは、もちろん大きかった。
でも、足元の場所を探すのに忙しくて、
塔の細かな意匠や、
その向こうに広がる物語まで
思いを巡らせる余裕は
なかったのかもしれない。
今日はもう道を知っている。
だから、立ち止まって、
ゆっくりと魅ることができた。
クイーンの微笑みを。
キングの優しさを。
ジャックの控えめな誇りを。
人との出逢いも、少し似ている気がする。
初めて逢ったときには、
姿や声に心を奪われる。
けれど、逢う時間を重ねていくうちに、
外からはわからなかったものが
少しずつ魅えてくる。
昨日は三塔の姿に逢った。
今日は三塔の心に触れた。
そんな気がしていた。
今朝はいつもより30分遅く出発した。
中華街にも、
大さん橋にも足を延ばせなかった。
なのに不思議と、物足りなさはない。
時間にはゆとりがなかったのに、
心には余白があった。
やがて帰り道、
関内と関外を分ける吉田橋を渡る。
昨日は三塔を離れるのが名残惜しく、
つい振り返った。
でも今日は、まっすぐ前を向いていた。
あの王国は、
もう遠くに置いてきた建物だけではない。
心の扉を開けば、
いつでもクイーンもキングもジャックも、
そこにいる。
歩き終えてストレッチをしながら
見上げた空は、
すっかり白くなっていた。
薄い銀色のベールをかけたような白。
今朝、逢えなかった星たちも、
この空に溶け込んでいるのだろう。
見えなくなったからといって、
消えたわけではない。
私の心の小さな空には、
今もその光がある。
そして、もうひとつ夢ができた。
もし、三塔と同じ高さから王国を見つめたら。
それより高い場所から見下ろしたら、
いったいどんな景色が待っているのだろう。
空からのビュー計画。
その日を思い浮かべるだけで、胸が弾む。
昨日は場所を見つけ、
今日は心を魅つけた。
次は、まだ知らない眺めに逢いにいこう。
今朝の物語はここで閉じる。
けれど、夢の王国への道は、
まだまだ続いている。
— Morimura