横浜枕草子|秋は匂ひ、街は息づく✨
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秋は、匂ひ。
そう書いてみると、
今朝から歩いてきた横浜が、
また違う色を帯びてくる。
匂ひとは、ただ鼻先に届く
香りだけのことではない。
風の温度、
光の柔らかさ、
古い建物に染み込んだ時代の気配。
そして、そこを生きた人々の息遣い。
私には、それらがみな、
ひとつの「匂ひ」なのだ。
今朝、まだ夜の名残を抱いた街では、
冷たい風が頬に触れた。
空は群青から白へ移り、
星の姿はもう見えなかった。
見えないものは消えたのではなく、
明るさの中に溶け込んだのかもしれない。
そんなことを思いながら、
私は夜と朝のあわいを歩いた。
そして、お昼の午餐会。
伊勢海老料理「中納言」で、
高浜虚子の一句に出逢った。
心を捉えたのは「匂ひ」という二文字。
ああ、そうなのよね。
私がいつも風景の中から
感じ取ろうとしていたものは、
まさにこれだったのだと思った。
朝、馬車道を歩く。
風に揺れる木々、かつて街を照らしたガス灯。
初めてともされた頃には、
どれほど人々を驚かせたことだろう。
嬉しそうな声、
足を止めて見上げる顔。
もちろん、その光景を私が見たわけではない。
けれど、想像の中で耳を澄ませば、
灯のそばに明治の息遣いが立ち上がる。
それも、ひとつの匂ひ。
古い街並みの写真には、
洋館の看板、
行き交う馬車、
足を止める人々が写っていた。
無音の写真なのに、
不思議と賑やかだ。
街角の呼び声や、車輪が地面を踏む音。
遠くから届く異国の言葉。
写真の向こうにいる人たちにとって、
それは特別な歴史ではなく、
ただの「今日」だったのだろう。
吉田橋には、
関内と関外を隔てた時代の記憶がある。
木から鉄へと姿を変えた橋を、
人々はどんな思いで渡ったのだろう。
ひとつの道が、
新しい文化へ通じる入り口になる。
その橋を今日の私も渡っていると思うと、
足音まで少し違って聞こえる。
資料館の中庭には、玉楠が立っていた。
ペリーが上陸した頃の景色を知るという、
あの木。
大きな事件を語る年号よりも、
見物する人々の好奇心や、
日々の暮らしの声が気になってしまう。
木は黙ったまま。
それでも葉の間を風が抜けると、
遠い時代から届く返事のように感じられた。
そして海。
いつもなら岸辺に立ち、
水面の揺れを魅つめる。
けれど今日は、11階の展望テラスから、
さらに12階から、海と街を眺めた。
一歩ずつ歩いていた大さん橋が小さく見え、
その先の海は思っていたよりも遥かに広い。
空には、太い筆や細い筆で
なぞったような雲の筋。
まるで、海の向こうから
幾筋もの風が届いているようだった。
かつて横浜には異国の言葉や品物が運ばれ、
日本各地からも人々が集まった。
小さな村が港町へと姿を変えたのは、
建物だけが増えたからではない。
ここで誰かが商いを始め、
誰かが料理を作り、
誰かが新しい言葉を覚えた。
そんな暮らしが重なって、
街の匂ひになったのだろう。
中華街の祭りを写した古写真にも、
私は足を止めた。
飾り立てられた通りに集まる人々。
祭りの日の熱気まで伝わってくるようだった。
異国の文化がこの街で息づき、
誰かにとっての故郷の行事になっていく。
横浜らしさとは、
ひとつの色に染まることではなく、
違う色が混じり合いながら、
それぞれの輝きを失わないこと
なのかもしれない。
クイーンの塔を魅つめると、
私はなぜかビスカウトの甘い香りを思い出す。
それは目の前で焼かれているわけでも、
風に本当に漂っているわけでもない。
初めて口にした、少し重みのある懐かしい味。
その記憶が、
優雅なティアラや海を迎える女王の微笑みと、
心の中で結びついている。
だから私には、クイーンの気高ささえ、
どこかほんのり甘い。
キングには堂々とした威厳の匂ひがある。
見上げると強く、
少し高い場所からは柔らかな顔も魅せる。
ジャックには、
時刻を知らせる時計塔の律儀な気配。
三塔とも何も語らないのに、
私が立つ場所を変えるたび、
それぞれの声が聞こえる気がする。
同じ横浜でも、
どこに立ち、どんな心で眺めるかによって、
その匂ひは変わるのだ。
昨夜の物語が今日の風景に混じり、
歴史の街並みが童話へと変わる。
見えるものと、見えないもの。
実際の香りと、記憶の香り。
その「あわい」に、
私の小さな物語は生まれる。
そして、お昼どきの関内。
店先にはお弁当が並び、
開いた扉の奥からは、
出来たての料理の匂い。
こちらから香ばしい風が来たかと思えば、
次の角では異国の香辛料を思わせる気配。
秋風はなんとも忙しい。
次から次へと違う香りを連れてきて、
私の心を振り向かせる。
ああ、少しだけ寄りたい。
でも、
今日はもう十分に美味しいものをいただいたし、次の予定も待っている。
名残惜しいけれど、通り過ぎよう。
すべてを味わわなくても、
心に残るものがある。
手に取れなかった香りほど、
あとからふと恋しくなることもある。
その小さな心残りさえ、
秋のもののあはれなのかもしれない。
景色は目で見る。
けれど街の匂ひは、心で受け取る。
今日の横浜は、
海と風と歴史と、
人々の暮らしの匂ひに
満ちていた。
そして、その香りは、
私がこの街を離れたあとも、
きっと心のどこかに残り続けるのだろう。
お昼どき
異国の味の
香りする
少し寄りたい
気持ちは却下
— Morimura