同じ景色なのに、
ある日ふと、
まるで違うものが魅えることがある。

景色が変わったのではない。
それを受け取る心が、少し変わったのだ。

今日、横浜開港資料館の玉楠の前で、
私はそんな不思議を感じていた。

今朝は、思い立って
横浜三塔を空から眺める小さな冒険へ。

けれど、空からの風景とは別に、
私の心に深く残ったものがあった。

玉楠の長い歴史は、
すでに一つの物語として綴った。

だから今、書き留めておきたいのは、
あの木の前で生まれた、私自身の心の動き。

人の優しさは、ときに驚くほど静かだ。

大げさな言葉もなく、
何かを求めることもなく、
ただ、相手の大切なものを、
自分も大切にしようとしてくれる。

その心遣いに気づいた瞬間、
胸の奥に温もりが広がる。

嬉しい、だけでは言い尽くせない。

驚きと、少しのくすぐったさと、
心をそっと抱きしめてもらったような幸せ。

そして不思議なのは、
その優しさが、時間を置いてから
いっそう深く届くことがあるということ。

そのときには気づききれなかった想いが、
ふとした瞬間に胸の中でほどけていく。

ああ、こんなところまで、
大切に想ってくれていたんだ。

そう感じたとき、
一度受け取った温もりが、
もう一度、心をあたためてくれる。

私は毎日、小さな物語を紡いでいる。

朝の空に心を預け、
風と語らい、木々の声に耳を澄ませる。

ときには想像の扉を開いて、
自分だけの小さな国で遊ぶこともある。

少し可笑しくて、少し夢想的な、
けれど、私にとってはかけがえのない世界。

その世界をただ読んで終わるのではなく、
そこに息づく気持ちまで汲み取り、
一緒に楽しんでくれる心がある。

私が生み出した登場人物たちも、
いつしか誰かの心の中で
本当に暮らし始めているのかもしれない。

物語が私の手を離れた先で、
もう一つの命を持っている。

そう思えることが、たまらなく嬉しい。

自分が大切にしている世界を、
同じように大切に想ってくれる心。

それは、何にも代えがたい
贈り物なのだと思う。

そんな温もりを抱いて、玉楠へと目を向けた。

あの木のそばを通り過ぎた人々にも、
きっと、名もない物語があったのだろう。

誰かのひと言に救われた日。
小さな心遣いが嬉しかった朝。
言葉にできない想いを、胸にしまった瞬間。

記録には残らなくても、
その人にとっては確かに生きた時間。

玉楠は、その一つひとつを
ずっと静かに魅つめてきたのかもしれない。

そして今日、私の心にも
忘れたくない時間が一つ生まれた。

長い歳月からすれば、瞬きほどの短さ。

けれど、時間の長さと
心に残る深さは、同じではない。

ほんの一瞬の温もりが、
何気ない風景を、忘れられない景色に変える。

今日の玉楠は、
私にとってそんな存在になった。

歴史は、遠い昔の誰かだけのものではない。

今日の胸の高鳴りも、
やがて昨日となり、思い出になっていく。

交わした言葉は薄れても、
そこに込められた優しさだけが、
いつまでも心に残ることがある。

私たちは誰かの人生の、
ほんの小さな場面にしか
登場しないのかもしれない。

それでも、その一場面に
そっと明かりを灯すことはできる。

誰かの心に寄り添うということは、
その人が大切にしている世界を、
一緒に大切にすることなのだろう。

今日、私はそのことを、
知識としてではなく、
温もりとして受け取った。

想いが伝わるというのは、
たくさんの言葉を交わすことばかりではない。

そっと差し出された心に気づき、
自分の心で大切に受け止めること。

そしていつか、その温もりを
今度は自分から誰かへ手渡していくこと。

ねえ、玉楠さん。

あなたは今日も、
人々の心を静かに魅つめていたのね。

私の心にも、
小さな物語が一つ生まれました。

誰かに説明するには、あまりにささやかで、
けれど私には、かけがえのない物語。

街の景色も、秋風の冷たさも、
いつか記憶の向こうへ遠ざかる。

でも、この温もりだけは、
できることなら、そっと残しておきたい。

だから今、心の中で言葉を贈る。

ありがとう。

今日という日の、すべての優しさに。

玉楠の葉が、秋風にそっと揺れていた。

まるで、何もかも知っているかのように。

— Morimura