吉田橋を渡り、馬車道へ。

まだ夜の名残をまとった街を、
私はゆっくりと歩いていた。

ふいに、風が吹いた。
少し冷たく、少し強い秋風。

その瞬間、
どこからともなく、
馬の蹄の音が聞こえてきたような気がした。

カツン、カツン。
あら、不思議。
いつもの馬車道なのに、
今朝はどこか違う。
目の前にあるのは、
見慣れた横浜の街並み。

けれど、私の心には、
昨日訪れた横浜開港資料館の風景が
次々と浮かび上がっていた。

古い写真。
港に浮かぶ船。
街を行き交う人々。
そして、ペリーが横浜に上陸した時代の絵。
それらが、まるでスライドショーのように
私の心の中を流れていく。

ああ、そうか。
昨日、私が魅ていたのは、
単なる古い写真ではなかったのね。
そこには、確かに人々が生きていた。

幕末から明治へ。
日本という国が、
大きく姿を変えていこうとしていた時代。
歴史の教科書には、
開国、維新、文明開化と、
さまざまな出来事が並んでいる。

学生時代の私は、
そんな言葉や年号を一生懸命覚えていた。
けれど、今の私が知りたいのは、
その向こうにあるもの。
激動の時代を生きた人々は、
いったい何を想っていたのだろう。

新しい世界への期待。
知らないものが押し寄せてくる不安。
昨日まで当たり前だった暮らしが、
明日には変わってしまうかもしれない戸惑い。

それでも、人々は朝を迎え、
食事をし、働き、誰かと語り合っていた。
笑った日もあっただろう。
誰かを想い、
胸をときめかせた夜もあっただろう。
歴史が大きく動いているときでさえ、
一人ひとりには、
かけがえのない日常があったはず。
私は、そんな人々の心に触れてみたかった。

ふと、玉楠の姿が浮かんだ。
あの木は、どれほど多くの人々の
喜びや悲しみを受け止めてきたのだろう。

街が変わり、
時代が変わり、
人々が入れ替わっても。
あの場所で、ずっと。

私は心の中で、
もう一度、玉楠を抱きしめた。
両腕を広げ、
大きな幹にそっと頬を寄せる。
すると、不思議なことに、
木の奥深くから、
静かな鼓動が伝わってくるような気がした。

それは木の鼓動なのか。
それとも、
この街を生きてきた人々の鼓動なのか。
時代は過ぎ去っても、
そこで生まれた想いまで
消えてしまうわけではない。
そんな気がした。

風が吹く。
この風に乗って、
かつて異国からさまざまなものが
横浜へやってきたのだろう。
文化も、知識も、
新しい暮らしの形も。
そして、それを迎え入れた人々の心にも、
きっと新しい風が吹いたはず。

そのとき、
ふとクイーンの姿が浮かんだ。
横浜の港の玄関口で、
両手を広げて異国からの訪問者を迎える、
気高く、美しいクイーン。
その背後には、
街を静かに見守るキング。
そして、
誠実に時を刻み続けるジャック。

昨日、空から眺めた三つの塔が、
今朝はまるで心を持った人間のように、
私の中で息づき始めていた。
なんだか素敵。
建物の形や歴史を知るだけでは、
こんな気持ちにはならなかっただろう。

そこに生きた人々を想うことで、
風景にも新しい命が吹き込まれていく。
そう考えると、
私が今歩いているこの道も、
ただの道ではなくなっていた。

遠い昔の人々が歩いた道。
その後を、幾世代もの人々が歩き、
そして今、私が歩いている。
その時代を生きた人々がいたからこそ、
今という時代がある。
そう思うと、
一歩一歩が、なんだか愛おしくなった。

いつの間にか万国橋へ。
目の前には、港の風景が広がっていた。
空を見上げる。
あれほど深かった群青は、
少しずつ白い光に包まれ始めている。

夜と朝が、静かに入れ替わろうとしていた。
時代が移り変わるように。
けれど、その境目は、
決して一本の線で区切れるものではない。
昨日と今日。
過去と現在。
そのあわいには、
数えきれないほどの人々の想いが
重なっているのだろう。

私は、もう一度目を閉じた。
馬の蹄の音。
港を行き交う人々の声。
そして、玉楠の静かな鼓動。
いつしか、それらが
今朝の横浜の風の音に溶け込んでいた。

目を開けると、
空の向こうに淡い光が差し始めていた。
昨日までの風景に、
今朝、また新しい色が生まれようとしている。

私は、その光の行方を追うように、
ゆっくりと歩き出した。