万国橋の真ん中に立ち、
私はしばらく空を見上げていた。
あれほど神秘的だった群青の世界。
星たちは、いつの間にか
その深い青の中へ
溶け込んでしまったようだった。
群青から青へ。
青から、限りなく透明に近い白へ。

けれど、それは単なる白ではなかった。
幾重にも重なる淡い色彩。
群青、白、そしてピンクゴールド。
その三つの色が溶け合い、
目には捉えきれないほど繊細な
グラデーションを描いている。

ああ、美しい。
まるで、私の心模様そのもの。

昨日までに拾い集めた風景も、
今朝出逢った星たちも、
すべてがこの空に溶け込んでいるようだった。
そして、白い世界の向こうから、
ピンクゴールドの光が差し込み始める。

白は、何もない色ではない。
これから何色にでも染まることのできる、
無限の余白なのだ。

そう思った。
私の心も、今朝はそんな余白を
いっぱいに広げているのかもしれない。
さっきまで、もう胸がいっぱいで、
何も入らないと思っていたのに。

不思議ね。
新しい光を受け取るたびに、
また新しい余白が生まれてくる。

風が吹いた。
少し冷たく、少し強い秋風。
けれど、その冷たさが心地よかった。
今朝の私は、
大きな声で叫び出したいほど、
胸の奥から情熱が溢れ出していたから。

風さん。
もしかして、あなたは
そんな私の熱を少し冷ましてくれているの?
ふわり。
返事をするように、
また風が頬を撫でていった。

やがて、あわい茶屋へ続く小径。
木々の葉が、さらさらとささやき合う。
ひときわ高く伸びたすすきの穂が、
風に揺れながら銀色に輝いていた。

ああ、十五夜のお月さま。
あの美しい月の光が、
今朝はすすきの穂先に宿っているみたい。
心は満タン。
でもね、旅をすれば、お腹も空く。
そうだ。
あわい茶屋で、ちょっと一服。
そんなことを思いながら、
いつものベンチへ。

「今日もお餅とお茶を一杯お願いします」
こしあんの柏餅を、ぱくり。
そして、温かいお茶をひと口。
ああ、幸せ。
こんな静かな朝に、
こうしてお餅とお茶をいただけるなんて。
峠の茶屋には、やっぱりお餅がよく似合う。
本当は串に刺した三色団子なんかも
風情があっていいのだけれど。

ふふっ。

今朝はもう、ビスカウトもいただいたものね。

胸もいっぱい。
お腹もいっぱい。
なんとも贅沢な朝である。

そして、再び歩き始めた。
赤レンガ倉庫の広場へ続く道。
建物の間を抜けると、
目の前に大きな空が広がった。

あれ?

今日の空は、
どうしてこんなにも広いのだろう。
何度も歩いた場所なのに、
今朝はいつも以上に、
空が大きく感じられる。

その広い空に、
ピンクゴールドの光が伸びていく。
まるで、私の心が
光の方へ向かって広がっていくようだった。

そのとき、ふと思った。
点を結べば線になる。
線を結べば面になる。
そして、その道を自分の足で歩けば、
物語になる!

以前、私の心から生まれた言葉。
今朝は、その続きを
考えてみたくなった。

この7日間、
私はいったい幾つの点を拾ったのだろう。
朝の空。
風の声。
木々のささやき。
港の水音。
そして、ふと心に響いた人の温もり。
一つひとつは小さな点。
けれど、その点が記憶と結びつくと、
一本の線が生まれる。

線は次の線へと伸び、
やがて三角形にも、四角形にもなる。
五角形かもしれない。
八角形かもしれない。
必ずしも整った図形である必要はない。
ときには歪み、
ときには思いがけない方向へ伸びていく。

それが、私の心の描く面なのだろう。
そして、その面に
自分の想いや記憶が重なったとき。
そこには、一つの世界が生まれる。
風景に心が吹き込まれ、
物語が命を持ち始める。

そう。

あのビスカウト王国だって、
最初はほんの小さな点だった。
そこから線が伸び、
面が広がり、
いつしかキングもクイーンもジャックも
心を持って語り始めた。

私の知らなかった世界が、
私の心の中から生まれてきたのだ。
なんて不思議。
なんて楽しいのだろう。

今朝の星たちも、そうだった。
点と点を結んでいたはずなのに、
いつの間にか、
その向こうに新しい物語が広がっていた。

そして今。

目の前には、果てしない朝の空。
その空に差し込む朝陽は、
まだギラギラと照りつける光ではない。
じんわりと、
心の奥底へ染み込んでくるような、
優しく、温かな光。

過去の記憶も、
今朝生まれたばかりの感動も、
その光を浴びて、
また新しい彩りをまとっていく。

横浜ステイ、最後の朝。
けれど、不思議なほど寂しくはなかった。

この7日間で拾ったものは、
もう私の心の中で、
いくつもの世界になっているのだから。

ねえ、風さん。
私の心の余白は、
まだまだ広がっていくのかしら。

風が、ふわり。
その風に誘われるように、
私は再び光の方へ歩き出した。

今朝は、どこまでこの心の世界が
広がっていくのだろう。

白き余白に、新しい彩りを重ねながら。

私の朝の旅は、
まだまだ続いていた。